2006年03月26日

マネーボール

大リーグの中で、今までの野球観とは違う原理で戦っているチーム、それがアスレチックスだ。選手の総年俸額は下から数えた方が早いようなチームなのに、毎年莫大な予算を持つ他の競合チームに引けを取らない勝利数を上げている。その秘密は何か?

ボクはてっきり「エスキモーに氷を売る」のようなマーケティング関連の書籍か、選手のやる気を最大限引き出していくマネジメント・コーチング系の本かと思って手にとったのだが、内容はまったく違っていた。しかしこれが面白い。

アスレチックスの野球には、ビル・ジェームスという野球分析オタクが提唱したセイバーメトリクスという主観や曖昧さを排除し徹底して確率や統計、科学的な分析から作戦を立てていくという手法が取り入れられている。この手法をいささか強引とも思われるようなやり方で導入し、球団を変えたのがGM、ビリー・ビーンだ。他の球団からは歯牙にもかけられないような選手をスカウトやトレードで獲得して勝利を重ねていく。

ビリー・ビーンのやり方は時として「旧来の」野球観に支配されている解説者やファンからは批判の矢を浴びる。しかし実際、恐ろしく低予算で高勝率の球団をつくりあげ、運営を続けているのも事実だ。その意味では、その手腕は高く評価されるべきだろう。

例えば、アスレチックスでは盗塁や犠打は作戦として殆ど利用されない。統計から考えた場合、これらはチームがたたき出す得点に影響を与える変数ではないからだ。というと、ものすごく意外なのだが、その考え方の元になっているのはビル・ジェームスが生み出したチームの得点を予測するための数式だ。

得点数=(安打数×四球数)×塁打数÷(打数+四球数)

この公式を使うとメジャーチームのほとんどの得点が正確に予測できてしまうと言う。
この公式にはチーム打率や盗塁数などが入ってない。つまり、打率や盗塁数は得点を生み出すことにたいして重要ではない、ということを意味しているわけだ。

ボクらが抱く野球観は盗塁でかき回すことは何の根拠もなく是だと思っているし、1番バッターが塁に出れば、2番は犠打でスコアリングポジションにランナーを進めて、クリーンナップに託す、ということが王道だと信じてる。しかし、アスレチックスではその考え方はまったく採用されない。多くの人はアスレチックスの作戦は積極性や作戦がなく、ただ打者任せで受け身の試合しかできないと批判する。プレーオフでどうしても勝てないのは、そのせいだと言う人もいる。しかし、現実、そういう作戦をまったくといっていいほどとらないアスレチックスが、他のチームとは比較にならない程の低予算で、あれほどの勝利数を上げているのだ。

アスレチックスでは四球だろうがヒットだろうがとにかく塁に出ることができる出塁率の高い選手が求められる。単純に打率が高い選手は年俸が高いため、アスレチックスでは打率が低くても出塁率が高い選手の獲得を優先する。打率が低くても出塁率が高くなる選手とは四球を選ぶのが巧い選手だ。

アスレチックスは、そんな選手をコンピューターを活用して見つけ出し、安く買い上げたり、大胆なトレードを繰り返し、チームを変えていく。それはシーズン中でも何のお構いもない。GMのビリー・ビーンは巧妙な話術で他チームのオーナーやGMを翻弄し、アクレチックスの戦略に沿う選手を集めていく。本書ではそんなビリー・ビーンの様を所々で描き出していている。統計的な判断を最優先し、1人1人選手を将棋の駒のように扱うその姿も、やはり野球をドラマやロマンとして見てしまうファンにとっては許し難いところもあるかもしれない。しかしまた一方で少ない予算で確実に成果を上げていくその徹底ぶりはある意味プロフェッショナルだし、他の球団GMが野球をきちんと勉強しようとしていないだけとも言えるかもしれない。

本書が出た当時は日米でかなり話題になったようだけれども、果たしてこの本によって明らかになったアスレチックスの戦略は、他の球団に取り入れられているのだろうか? ボクはメジャーリーグの事情には詳しくないので良くはわからないのだが、アスレチックスは2005年度でも88勝74敗 勝率.543 ア・リーグ西地区2位というかなり優秀な成績を残している。
本書が書かれた以降でも、GMビリー・ビーンは手腕を発揮しているようだ。そして、アスレチックスが未だに競争優位を保っているということは、他のチームは未だ今までの野球観に縛られた戦い方をしているということなのだろう。
盗塁を絡めたり、犠打で1つでも前の塁に走者を進めたりという野球もボクは否定するわけではなく、それは野球の面白みの一つだと思っているのだけれど、アスレチックスのように全く他とは異なる考え方で運営されているチームが、毎年のようにプレーオフ進出ギリギリのところで戦えているということも、違う価値観をもたらしていくれて、野球の楽しみ方の幅を広げてくれるものだと思う。

マネー・ボール
マネー・ボールマイケル・ルイス 中山 宥

ランダムハウス講談社 2006-03-02
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categories [ 読んだ本や雑誌 ] 2006/03/26 01:41