プロストそっくり

世の中には自分と似た人が3人はいるというような根拠はまったくないのだろうけど、まぁそんなもんかとついつい納得してしまう諺がある。諺と言ってしまえるほど、古くから多くの人々に言いならわされてきてるわけでもあるまいが、この際、気にしないでいただきたい。

この「似ている」というのは、おそらくそっくりでなければならないのだろう。なんとなく似ている程度なら、3人どころか、何千人といるはずだし、人に限らず、動物やモノにもいるものだ。落合博満はコアラに似ているし、衣笠は北京原人に似ている。やしきたかじんはポットである。こういうのは「なんとなくレベル」にすぎない。たった3人しかいないという「似ている」は、「そっくりレベル」でなければならないのだ。このレベルというのは、誰がみてもすぐにあっ!と頭に思い浮び、しかも、もしかすると遠い昔に生き別れた双児なのではないかと真剣に疑ってしまうぐらい似ていなければならない。

予備校のとき、アラン・プロストのそっくりさんがいた。僕の通っていた予備校は席があらかじめ決められていおり、その決められた席で授業を受けなければならなかったのだが、入学して最初の席の隣にアラン・プロストがいたのだ。これにはびっくりこいたものだ。なにせ日本のしがない予備校に天才F1レーサーのアラン・プロストがいるのだから。彼の場合は、もう見た瞬間に、「あっ、プロストだ」と思ったので、その似方は、完全に「そっくりレベル」であった。まじで僕は「こいつはプロストの日本妻の元で生まれた隠し子なのではないか」と勘ぐったものだ。結局、真相はわからずじまいだが、テレビでF1を見ていてプロストがでてくるたびに、ついつい彼の顔が思い浮かび、そのたびに今でも「やはり息子なのではないか」と思ってしまう。

もちろん、そのそっくりさんは日本人であり、東大阪に住み、大学受験に挑もうとしている普通の18歳の男であったのだが、その顔のつくりはどう考えても日本人離れしていて、だまっていれば誰も日本人とは思わないようなアラン・プロスト顔なのであった。また、驚くべきはその髪であって、彼もまた、アラン・プロストと同じく、雀の巣のような天然パーマであり、これがさらにアラン・プロストそっくり度に拍車をかけていたのだ。
世界に3人しかいないというプロストのそっくりさんの一人はこんなところにいたのであった。彼にとっては、自分のそっくりさんの一人は世界で最も速い男だったのだ。どんな気持ちなんだろうか?

ふと横を見れば、そこにアラン・プロストがいて、真剣に黒板の文字をノートに書き写しているのである。アラン・プロストの顔を知っている人なら話ははやいと思うが、アラン・プロストという人はとにかく神経質そうな顔をしている。いつもなにか思索しているのような少々近寄りがたい雰囲気が顔から醸し出ているもちろんそっくりさんだから、彼の場合もものすごく神経質そうである。とくにわからない問題に頭をかかえて、悩みこんでいる姿は、本物とどこが違うのか!と紛うばかりである。
彼と本物の違いといえば、本物がフランス語をしゃべるのに対して、彼は大阪弁をしゃべることである。ある説ではフランス語と大阪弁のイントネーションは似ているそうなので、彼がボソボソと大阪弁をしゃべれば、みんなプロストだ!と振り返るかもしれない。

結局、彼のやることなすことはすべてアラン・プロストに見立てられて僕と友達連中の格好の笑いのネタ、酒の肴となってしまった。彼が誰かと立ち話をしていると、僕らは「ミーティング中」と呼び、彼がだれかの後ろについて歩いていたりするものなら「スリップストリーム」、昼食は「ピットイン」などとくだらないことを言っては大笑いをしていた。

彼とは3ヶ月近く隣の席だったのにも関わらず、ほとんど会話をかわしたことがない。彼は話かけなければ絶対に自分から話し掛けてこないタイプの人間だったし、僕もそれほど自分から好んで人に話し掛けるというようなことをしないタイプなので、接点がなかったのだ。「どこの大学めざしているの?」というような話をしたときに、「体育大学めざしてんねん」と答えた彼の姿が印象にのこっている。体育大学って運動能力とかそういった試験のほうが重要なのではないのだろうか? こんなところで普通の大学をめざす連中と一緒に勉強していていいものなのだろうか、と不思議に思ったものだ。

結局、彼は予備校を半月でやめてしまった。大学受験をあきらめてしまったのか、それとも体育大学受験のために、なにか運動をしなければならなくてやめてしまったのか、詳しいこと何もわからないが、とにかく、夏休みが明けてから、彼を予備校で見かけることはなくなってしまった。

僕が友達と、「プロスト、リタイヤしてしもたなぁ」「電気系統の故障かなぁ」などと、くだらない会話を交わしたのは言うまでもない。

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