親父の本分

はちゃめちゃな親父である。無鉄砲を絵に描いたような男で、思い込みが激しく、こうだと思えば、何でもかんでもすぐに実行にうつしてしまう。そういう性格はいい方面に作用すれば、人をひっぱる力を持った、指導者タイプの人間として崇められるのかもしれないが、時として、常人では想像もつかないような勘違いや失敗をやらかす。

親父は水虫持ちなのだが、僕が小学校の頃は、水虫なんてのは黴菌なんだから、これ吹きかけときゃ治る!と殺虫剤を患部に噴射しては、その痛みこそが水虫に効くのだと言い張っていた。その頃、わが家には水虫を持っていたものがいなかったのと、だれも水虫についての詳しい知識を持ち合わせていなかったことが災いして、しばらくの間誰もその行為をとめようとはしなかった。もちろん殺虫剤を用いるたびに患部は炎症のようなものをおこし、その症状は誰がみても悪化してるようにしか見えなかったのだが、ときにあまりに炎症がひどくなり、患部がかさぶたになってしまうことがあった。親父にしてみれば、それは殺虫剤によって菌が死んだということだったらく、どの殺虫剤はよいだの、あれはダメだのと批評までしていた。まったく呆れる。

また、ほんの少しだが、過って工業用カッターで腕を切ってしまったことがあった。少しとはいっても工業用カッターである。どうみても7、8針は縫わなければならないような怪我だった。普通の人間なら、人に言われなくとも、自分から病院に足を向けるものだろう。ところが、親父は何を思ったのか、母に「縫い針と、細い糸もってこい」と命令した。御察しの通り、自分で傷を縫い付けるつもりだったのである。しかも縫い針と普通の糸で。さらにには、普通の絹糸だと弱いから、釣り糸のほうがいいんじゃないかとまで言い出し、消毒代わりに針をライターであぶっては、ほんとに自分で縫合しようとした。この時は、母とそのとき一緒にいた社員数人によってとめられて、なんとか病院で縫合してもらうこととなったのだが、もし一人のときだったら、ほんとにやっていただろう。おそろしい男である。

親父が言うには、「戦争にいったら、そんなもん、全部自分でするもんや」とのことらしい。なんでわざわざ戦争にいっときのことを想定しなきゃならないのか、その理由はまったくもって不明である。もちろん親父は戦争に行っていない。

しかしただの馬鹿ではない。親父は自営業を営んでいるが、僕が子供の頃はほんと父ちゃん、母ちゃん企業で、小さな小さな会社だった。それがいつのまにか社員何十人をかかえるまでになってしまった。中小企業なんやらかんやらからの中小企業診断で1位をもらったりもしたらしい。えらいもんだ。社長というのは、これぐらい無邪気で、ある意味大胆なところを持ってなきゃならんのだろう。

こんな親父を見ていると、僕にはとうてい社長などというポストは勤まりそうにもないと痛感する。

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