自社の魅力を考えてみると

隣の芝は青く見えるとはよく言ったもので、ついつい「他社」や「競合」が何事にもうまくやっているように見えて、自分たちの未熟さや到らなさみたいなのを嘆いたりするのだけれど、実際のところ外っつらから見えてるものと、内側ではえらく違ったりすることのほうが多い。何を較べても、うちは下手くそ、という感想をボクなんかは抱きがちだ。

他社や競合を研究していくことは必要だけれども、あまりにそれに依存しすぎて、自分自身をしっかり視るということを忘れてしまうのはよくない。自分たちには自分たちらしさがあり、他にはないユニークさ、独自性がある。それは自身ではなかなか気づかず、そういう「違い」をユニークさや強みとして捉えられず、悪い意味での「異常」として捉えてしまいがちになる。そうしてせっかくの個性や独自性を自ら無くしてしまい、「普通」を志向していく。それは実は、どんどん強みを無くしていっていることだったりする。

よくよく考えてみると、うちの会社も傍から見ると、けっこうユニークかもしれない。

同じような規模のベンチャーで、それぞれの企業カラーや事業展開が全然違う会社を数社抱えてグループ企業として運営しているところはあまりないだろう。いろいろ分社化しているところでも、統一のブランド名が冠につくような形でやってたり、あるいは子会社は存在もして活動もしてるけど、あまり表に出てこないみたいなところも多い。柱になる会社が1つあり、それに衛生的に子会社が連なるという形態をとっているところが大部分ではないか。

うちの場合、あえて狙ってそうなったわけでもないところもあるが、結果的に各社が独自のブランドを持ち、ほぼ独立事業体として成立しつつ、でも、グループ経営という微妙なバランスの上で成り立ってたりする。親会社と子会社の関係にしても、単に出資しているとか、投資しているというような形態でもなく、子会社だけれどそれぞれは自主独立性を重んじつつ、でもグループ企業同士での融通や配慮もきちんとある。親会社だから子会社がそこに従わなければならないとか、そういう強制や強要やルールも一切ない。また、一歩間違えれば、関連会社同士でなぁなぁになってしまったり、競合原理が働らかなくなってしまったりしがちだが、そこはきちんと線引きがある。なのに、グループ内への会社への転籍やら移動は比較的自由度も高くて、実際、転籍や移動はけっこう頻繁にある。

また、グループに属するどの会社にもVCや外部資本が入っていないというのも珍しいだろう。それが一概に良いことかどうかというとそうは言い切れないところもあるかもしれないが、株主の顔をたてたり、株主意向を汲み取ったり、株主に確認したりみたいな気を遣う必要がない、というのは、案外すごく大きいメリットなんじゃないかとも思う。(一方で、何をやるにも自己資金とせいぜい借り入れなので、一気に攻勢をかけるようなお金の使い方はできないし、その意味ではスピード感がなかったりすることもある。) 

子会社の1つは制作会社やクリエイターを数千人ユーザーとして抱えるコミュニティサイトを運営している。会員のアクティブ比率も高く、ASPを提供している会社やサーバ会社などからの広告出向も多い。また、ウェブからのオンライン販売でも毎月数百万円の売上を上げていて、すべて独自のシステムをくみ上げ、在宅を利用した作業ネットワークを構築している。
もう1社はASPのプロダクトを保持していたり、自社メディアを複数持ち、それらはそれらで一部は広告費で運営されていたり、一部はそのシステムを外販したりで売上を立てている。

また、上海に現地法人を持ち、現地でのソリューションも手がけながら、オフショア開発もかなりの規模でやっている。
オフショアは文化の違いやら品質の問題、コミュニケーションの問題で、なかなかうまくいってないところも多いと思うが、うちの場合はまだまだ活用しきってるとは言えないにせよ、一定以上の成果は出せている。現場の人達は1年はかなり苦しんだが根気よく一緒にやっていくことで信頼関係も芽生え、一部のプロジェクトでは今や上海の開発リソースがなければどうなっていたことやら、というぐらい頼りにしていたりする。

京都と東京という拠点があるのも魅力だろう。京都の本社を持ってたり、京都を創業の地にする会社は他にもいくつかあるが、たいていの会社はほぼ東京に集中してしまい、「京都はあるだけ」みたいな位置づけになりがちだ。うちの場合でも売上規模などは関東のほうが大きいので、人数構成比もそれに合わせた形にはなっているけれど、決して京都が東京に従属しているわけでもない。また、東京の1地方営業拠点として京都があるわけでもない。それぞれは独立した市場と顧客を持ち、マネジメントも独立している。でも、東京、京都をまたぐプロジェクトやらも少なくはなく、普通に受発注でやってたりもする。京都から東京にステップアップを目指して移動する人間もいれば、京都が好きで京都以外で働きたくないという人もいたりする。

グループ全社を通じて過去に5冊の書籍を出版していたり、自社で定期購読誌自体を発行していたこともある。
マーケターやウェブマスターら4万人以上のユーザーが読んでいるメールマガジンを10年毎週発行し続けていたりもして、自社サービスや製品、セミナーなんかの宣伝や告知が行える。多くの制作会社からしてみたら羨ましい環境なんだろうけれど、中にいると、時には運営するのが厄介で面倒なものとして疎んじられていまったりする。(もったいない限りだ)

ある人からは「あなたの会社にはほんとに雑多な人がいて、どんなレベルの人も戦力になっていくのがスゴいですね」と言われたことがある。その人が嫌味で言ったのか本心からそう思って言ったのかはわからない。でも、ボクはそれは最高の褒め言葉だと思っている。その発言の主の会社には高学歴の人しかいない。東京六大学の出身者ばかりだ。聞いてみると、一時期はいろんな人を採用したそうだが、結局、みんな雰囲気やムードに馴染めなくて病めていってしまったそうで、それからはもう大卒は必須で、ある程度の高偏差値の大学しか採用しないみたいな方針にしたそうだ。その方から見ると、うちの各スタッフの雑多なバックグラウンドや良い意味での節操のなさには驚かされるようだ。

最近はそうでもないが、一時期までは、大卒だろうが中卒だろうが関係なく一緒に働きたい人、一緒に働いたら面白いだろうなという人を採用するというのが方針だったから、へんてこな奴がやたら入ってきたことがある。業界経験者のほうが少ないくらいで、他業界、他業種からの転職が多くいた。うちは教育システムだとか制度だとか、そういうものがしっかりしているわけでもないし、まだまだそういうものはかなり遅れているほうだとは思うけど、でも、そういう人間でもお客さんに価値を提供できる、戦力になれるような地盤みたいなものがあった。あれは何なのだろうか。スタッフの助け合いの精神とかそういうものだろうか。最近は事業部とかグループ単位で採用計画を立てたりしていることもあって、こういう文化は弱くなってきてるんじゃないかと思う。どうしても売上だとか粗利が先立つので、どこもが「即戦力」を求める。そりゃ「即戦力」に超したことはないけど、そういう採用が進めば進むほど、うちの雑食的、雑種的、雑草的な力強さというか、底力というか、そういうものがだんだんと消えていくような気がする。


こういうった諸々の事柄。もちろん、悪いところとして考えれば、会社が多くて資源の集中ができてないとか、分散化されてるので飛び抜けてるものがないとか、いろんなことやりすぎてて強みがようわからんとか、投資効率も悪いとか、複数会社×複数拠点になることでマネジメント数が多く必要だったり、交通費も馬鹿にならないような額が毎月かかえてたりと、いくらでも出てくる。でもだ。こういう悪いところってのは、裏返せば、個性だったりユニークさだったりする。

ボクらはこういう環境ややり方にあまりにも馴れてしまっているし、それが普通のことだと思っている。だから、それが個性だとはなかなか気づかない。でも、多分、こういうことは、すごく珍しいことなんだと思う。他の会社が真似をしようと思って簡単に真似ができるものではないことは確かだ。(やろうとするところもないだろうけど。「マネジメント」とか「マーケティング」とかの教科書的な考え方から照らしてみたら、なんて無駄でむちゃくちゃなことをしてるんだと怒られるだろう)

事業やビジネス、サービスは簡単に真似することができるかもしれないけれど、こういう活動の1つ1つのユニークさやら、そのユニークさを成り立たせている企業風土やら文化やら社員のモラルやら意識といったものは、簡単には真似もコピーもできない。そういうものこそ、コアコンピタンスなんじゃないかと思う。このコアコンピタスをもっと魅力あるものにし
そしてそれをもっとうまく収益に結びつけていくこと。顧客価値へ転換していくこと。それが重要なポイントなんだろうと思う。



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コメント

  1. doumori より:

    凄いですね。共感できるところ多いです。
    簡単にコピーできないもの。私も目指したいです。

  2. yudemen より:

    いつもありがとうございます! お互いもっと魅力ある会社にしていければいいですね。
    がんばりましょう。

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