愛は勝つ/All you need is love の皮肉

昨日、めざましテレビを見てたら、つるの剛士がKANの「永遠」をカバーしたとかで、そのPVが流れていた。テレビでKANの名前を聞いたのは久しぶりだったので、なんとなくこのエントリーを書きたくなった。

KANといえば大方の人にとっては、イコール「愛は勝つ」という印象だろう。
赤いジャケットを羽織り、まるで愛の伝道師よろしく「必ず最後に愛は勝つ~」とポジティブに叫んでた、人の良さそうな兄ちゃんぐらいの印象なのかもしれない。

でも、KANは決して能天気な愛の伝道師でもないし、バブル期に浮かれて登場したなんちゃってミュージシャンでもない。

「愛は勝つ」は、ただのポジティブな応援ソングのように聞こえるだろう。普通のアーチストなら「愛は偉大です。愛の力に勝るものはありません。そして誰もが愛の力を持ってます。」みたいなことをメッセージに込めたのだとのたまうのかもしれない。

しかし、実は、「愛は勝つ」のB面(今は、B面なんていわないのかな。カップリングか?)は「それでもふられてしまう男」という曲であったことを知る人は意外と少ない。

A面で「愛は勝つ」と高らかに歌い、励まし、応援してたのに、B面では「それでもふられる奴はふられるんだよ」と皮肉を言う。A面の華やかな世界だけではわからないKANのKANらしさとはこういうところにある。

そんなことを思ってたら、そいえば、ビートルズの「All you need is love」なんて「愛こそはすべて」ってタイトルだけでえらく誤解を受けてるんじゃないかと思った。

Nothing you can make that can’t be made
つくれないものをつくろうったって無理だ

No one you can save that can’t be saved
救えない人を救おうったって無理

「All you need is love」の歌詞の大部分は「~しようとしたって無理さ」というフレーズが続く。そして、それでも人は楽しめるし、自分らしさを身につけることだって出来るだろ、「愛があればそれでいいじゃない」というオチ(サビ)につながるという構成になっいる。

もちろん解釈としては「できないものはできないさ、でも愛があればそれでいいじゃない、愛がすべてだよ」と愛の偉大さを謳っているのだともとれなくはない。
でも単に愛のすばらしさをアピールするだけなら、なぜこの二重否定の「~できないものは~できない」という歌詞を続ける必要があるのだろうか。

ここにはやはり単なる愛の偉大さや美しさを無条件に称えるなんて出来るわけがないというジョンの天邪鬼ぶりが伺えないだろか。世界宇宙中継番組「アワ・ワールド」で「All you need is love」とくれば、世界平和万歳!みたいなメッセージソングになってしまいそうだが「いや、まぁ愛がすべてだけど、でも出来ないものは出来ないし、無理なものは無理だから」と少し斜に構えて、皮肉めいたことを言ってというのが実際のところじゃないだろうか。

「愛は勝つ/それでもふられてしまう男」のA/B面の関係に近い感覚を抱くのはボクだけだろうか。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です