「ザッポスの奇跡」を読んで、あらためて誓うこと

4862234054ザッポスの奇跡 The Zappos Miracles―アマゾンスタッフが屈したザッポスの新流通戦略とは」この本を読んだのは昨日なのだけれど、この本をスタッフが読んだら、この前僕が話をした「企業文化」の話は、この本から影響を受けたんだろうと勘違いするかもしれない。昨年末ぐらいから、僕は社内の人たちに「企業文化」の話を何度かしている。そこで話をしたことと、本書に書かれてることがあまりに似ているのだ。

僕が話をしているのは、6年前にある大学で起業を考える学生向けの講義みたいなものをお願いされ、その時に話した内容だ。資料も当時つくったものそのまま使ってる。なので、本書に書かれてることの詳細は全然知らなかった。(ザッポスというカスタマーサービスが凄くて、ソーシャルネットワークをフル活用しているECサイトがあって、それがAmazonに買収された、という話はしっていたけど。詳しい話は本書を読んで知った)

読んで見てほんとに驚いた。その資料に書いたこととすごく近い。もちろん、ザッポスと同じことを考えていたから凄いとか、そういうことを言いたいわけではない。「企業文化」ということを真剣に考えたら、結局、皆同じような考えになる。重要なのは、ザッポスのその信念へのこだわりや忠実度だ。

僕らは「それが重要」「そうでなければならない」と思いながら、それを徹底してこれなかった。
たしか、バランススコアカードのキャプラン博士だったかが、戦略の失敗の大部分は、「戦略が実行されないこと」に依るものだというようなことを言ってた。そう。考えたり、思いつくことは誰でもできるのだ。
それを実行できるのか、徹底できるのか。この違いは大きい。

僕は、本書を読んで、あらためて自分が考えていたことの原点への信念を確かなものにしたし、まだまだ僕らだってザッポスのような強烈な企業文化を作っていくことができるはずだという確信を深めた(ザッポスと同じような文化を作りたいとうわけではなく、僕らに固有の文化という意味)。そして、再度、企業文化の重要性をスタッフたちにも伝えていかなければならないと思った。

だから、あえてその講義のことと、講義からの6年間について振り返ってみようと思う。

その大学での講義は2003年12月のことだ。
大学からは起業を考える学生たちも増えてるので、実際にベンチャーを起業されて、経営されている方から何か話をしてあげて欲しいというようなオーダーだったと思う。

当時会社はまだ30人を超えたぐらいだったろうか。ちょうど東京の事務所を今の事務所に引っ越した年だ。その年以降の3〜4年間で、一気に社員が増えた。ある年だけで50人近い人を採用したこともある。ものすごい数の仕事が押し寄せてきて、とにかくその仕事をどうやってこなすかということで頭がいっぱいだった。他から見たらこのレベルの成長を成長とは呼ばないかもしれないけれど、かなり家族的にアバウトにやってきた会社にとって、1年で社員が倍以上になったりというのは、相当の「変化」だったと思う。

その講演を行ったのはちょうどその頃。つまり、うちの会社がサークルみたいな感覚でわいわいと愉しくやっていた時期から、その後の何年かの急成長を迎える端境期にあたる。

その時の語ったテーマは「起業と文化」というものだ。

大学側からしてみれば、ホントはビジネスモデルだとか、マーケティングだとか、資金調達だとか、そういう話を期待していたのかもしれないけれど、僕らは当時騒がれていたようなIT系ベンチャーのような野心や貪欲さみたいなものは生憎持ち合わせていなかったし、その手の面白い話もなかったので、仕方なしに自分たちが考える会社について話をしたのだと思う。

その内容はこんな感じのことだ。

最近の、特にIT系ベンチャーなどの起業を志す人は、ビジネスモデルだとか事業だとかに心を奪われすぎてるのではないか。エレベーターピッチで語られるようなビジネスモデルや、コースターの裏側に書いたビジネスアイディアで莫大な投資を受けただとか、そういうベンチャーの神話みたいなものばかりに目が行きがちだけど、企業の強みというのは、何もビジネスモデルや技術力や営業力みたいなものだけではない。

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僕らが重視していたのは、従業員のモチベーションが高いということだ。従業員が愉しく、真剣に、そして助け合いながら仕事ができれば、それは十分に競争力や差別化要素になる。

サウスウェスト航空はビジネスモデルた突出しているから成功したのか? なぜ競合他社は、同じような中距離格安航空事業を始めてもうまくいかないのか? それはサウスウェスト航空の強みがビジネスモデルにあるのではなく、従業員のモチベーションや行動といった領域にあるからだ。(当時、僕はサウスウエスト航空のことを書いた「破天荒!―サウスウエスト航空 驚愕の経営」を読んで、心底この会社のことが好きだった。今も好きだけれど。「破天荒!―サウスウエスト航空 驚愕の経営」は、「ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則 」とならんで、僕の企業観を最も決定づけた本の一つ)

従業員のモチベーションや行動といったものは、こうしろああしろという強制力や指示から生まれるものではない。それは、企業の文化や雰囲気、ムードみたいなものでしか産み出せないものだ。
だから企業は「文化」をどんな風に作っていくのか、「文化」をどうやって共有するのか、従業員の誰もがわかるようにするのか、ということに真剣に取り組まなければならないのではないか。

こんな内容の話だ。
ベンチャーが「文化」なんて言ってる場合でもないのかもしれない。でも、ザッポスも社員が90人に達した頃に「カルチャーの定義」を始めた。これ以上増えてしまっては、もう「企業文化」を作るのは難しくなるという決断があり、今につながるザッポスの強烈な文化の醸成は始まったわけだ。
人数が増えてから、事業が安定軌道にのってから、組織基盤が整ってからというのでは、むしろ遅い。従業員数が少なく、企業としても未熟だからこそ、企業文化を意識するべきなのだ。僕らはビジネスモデルや事業構造やマーケティングよりも(もちろんこれらが大事じゃないというわけではない)、企業文化というものを大事にしていて、それを強みにしたい。
どんな事業をするのか、どんな仕事をするのかよりも、どんな人と働くのかということを重視したい。

僕らが重視していた文化とは、「良い会社とは、一緒に働いていて愉しい人たちと働ける会社である」という信念に基づいている。この言葉は、創業当時にメンバーで「どんな会社が良い会社なんだろう?」という話をしていた時に、現イー・三六五社の代表取締役の島田くんがポロリと言った言葉だった。僕らは全員、この言葉に飛びついた。

せっかく自分たちで会社を作るんだから、愉しい会社にしたい。仕事に従事してる時間は、もしかしたら人生のどの時間よりも長いかもしれない。であれば、愉しくない時間なんて過ごしたくない。そこが愉しいかどうかは、一緒に働く人たちで決まるのではないか。どんな事業をやるのか、どんな商品を手がけるのか、どんな顧客を獲得するのか、ということの前に、良い人たちと働きたいという願望があったわけだ。

この信念に基づき、この文化を強化し、そして文化という目に見えない抽象的なものに実体のようなものを付与していくために、会社内の様々な諸制度やルール、規則は作られなければならない。他がこうだからとか、一般的にはこうだからというのではなく、自社の文化やカラーをより強固なものにしていくためにこそルールを作る。
だから、当時までの作ってたルールだとか、規則みたいなものは、「文化を作る」ってことをすごく意識して作ってた。

本書の中で登場する、ザッポスがいかに文化を大切にし、その文化を強固なものとするためにどんなことをやっているのかということを読んでもられば、「文化を作る」ことの意味はわかってもらえると思う。ザッポスぐらいの徹底や工夫には及ばないけれども、でも自分たちで様々なことを考えて取り組んでいた。

このセミナー資料を作ってた時は、それまでの会社の作り方や自分が本当に大事なものだと考えていたことをまとめたつもりだったし、そこに嘘や偽りはなかった。今後もそうでありたいと思っていた。

でも、今思えば、そのセミナー以降、会社は「成長」ということを優先して、こういった「企業文化」についての意識を後回しにしたと思う。
顧客の要望に応えていくために、どんどん人を採用する。多少、会社の文化に合わなさそうでも、スキル優先で採用が決まっていった。もともとは能力やスキルよりも、人柄や「その人と働きたいかどうか」ということを基準において採用していたのが、「即戦力」が優先されるようになった。
人が増えると、今までは何のルールもなく「あうん」の呼吸でなんとかなってたものに色々歪が生じてくる。なので、否応なくそこにとってつけたような間に合わせのルールや規則を当てはめて行くことになった。間に合わせで、だいたいの企業はこういうことだし、こうしとこうとか。大企業だとこれが普通だからとか。
自分たちの企業がどうありたいか、どんな文化を醸成したいのかということではなく、大人数の組織をひとまずなんとかコントロールしていくためだけにルールがつくられていった。

それまでの家族的、サークル的なムードから、徐々に企業っぽさが侵食しはじめた。
それがすべて悪いことだとは思わない。
実際、それまでの会社の規模では、ちょっと何か起こればそれこそ会社存続の危機に直面したものだけれども、成長によって会社としては多少の余裕が生まれた。社長は、常に、従業員が人並みの暮らしができることや、安定した生活ができることを最優先していたけれど、(実際、当時、会社は愉しかったけど、従業員の給与水準はとてつもなく低かった。その給与では多分、結婚して子供を産んでという「普通の生活」を送るのは難しかったと思う。)会社の売上は伸びていき、それに伴ない、従業員の平均給与も伸びていった。

一方で、会社全体としては激務との戦いとなった。社員の稼働は常に高く、プレッシャーも相当なものだったろう。鬱病になるスタッフがちらほら現れ、離職率が急激に上がった。それに伴ないモチベーションの低下も目につくようになった。

会社としては余裕は生まれたが、今度は、どうやって稼働をまともにするのかという問題が会社の最優先課題になった。
従業員がまともに帰れて、プライベートも充実した生活を送ってもらえるようにするにはどうしたらいいのか。様々なアイディアや取り組みを実施した。
稼働の問題はいまでも解決しているとは言えない。仕事上、やむ得ないところもあるが、それでも一部で集中的に稼働が高くなるということは発生している。取り組みも徹底されているとも言えない。しかし、全体として見たときには数年前とは雲泥の差であることも事実だ。

稼働の問題として、新規の「受託開発」比重が高いことも原因の一つだと考えた。受託開発は営業や受注のコントロールが非常に難しい。どうしても顧客の要望が最優先となるため、多少の無茶にも対応していかなければならない。相談からプロジェクト開始、そして完了までの期間はどんどん長期化していて、キャッシュフローもよくない。

そこで受託開発の比率を下げて、ASPやシステム保守や運用などの毎月定額で売上が立つものの比率をあげていこうということになった。その比率が上がれば、受託開発をしていくにも余裕が生まれる。今日、明日の日銭に切迫して、無理な受注をとっていく必要もなくなる。それによって従業員の稼働も調整しやすくなるのではないか。
それまで会社にはまったく余裕がなく、何かへ投資することなどほとんど不可能だったわけだけれど、「成長」によって得た資金(といっても、たいしたものではないけれど)で、新しい事業やサービス開発に取り組むことが可能となった。

受託開発と同じ部隊でそれをやると、どうしても受託開発側に引っ張られてうまくいかないことが多いので、スタッフを別会社に移したりして、「受託開発外」の事業化というものに力を入れた。こういう取り組みに力を入れだしたのが、この3~4年だ。これらの取り組みでもうまくいかなかったもの、予想以上にうまくいったもの、色々あったけれど、取り組みの成果は着実に出ていて、会社全体のポートフォリオとしては、受託開発への依存度は下がってきてる。こちらもこれからが正念場ではあるけれど、でも良い方向に進んでいるとは思う。

そして講演会から6年が過ぎた。

今年僕らは創業から15年を迎える。
15年を迎えるということだけが理由でもないのだけれど、ふとした折に、この講演資料を読み返してみた。
そうだ、そんな風に考えていたな、と気付かされた。「気付かされた」ということは、それを考えてこなかったことの裏返しだ。
この6年、僕らは、やはり「企業文化」ということに真剣には取り組んでこなかったと思う。
最初の3年はがむしゃらに「成長」に突き進み、そしてこの3年は「稼働」を適性にすること、事業を分散させることに注力していた。もちろん、その背景には、社員を幸せにしたいという思いがあるのは嘘偽りはない。
でも、ある種のトレードオフがあったことは事実で、そのトレードオフにおいて、「企業文化」という、それまで最も重視したいと思ってきたものを後回しにしたことも事実だろう。

でも、15年という節目を迎えて、あらためて僕は原点に戻ろうと思っている。
ザッポスの奇跡 The Zappos Miracles―アマゾンが屈したザッポスの新流通戦略とは」を読んで、よりその決意は固いものになった。僕が「企業文化」というものをどう考えてるかは、この本を読んでもらえばだいたいがわかると思う。
再度、この「企業文化」をどうやって作るのかというところに、もっと情熱や時間を費やしていこうと思っている。

ここ5年で入社した人にとっては、「は?」と思うところもあるかもしれないけれど、今でも僕は、「良い会社とは、一緒に働いていて愉しい人たちと働ける会社である」という信念を持っている。
あたりまえだけど、文化みたいなものが今日、明日で生まれ変わるわけでもない。それはちょっとずつ時間をかけて醸成されていくものだ。誰かの号令一つで変わるものでもない。そこにはスタッフ全員の創意が必要だ。
時間はかかるかもしれない。でも、やっていきた。やり遂げたいと思っている。

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コメント

  1. 石塚しのぶ より:

    『ザッポスの奇跡』著者の石塚です。ブログ、大変興味深く拝見させていただきました。是非、素晴らしい企業文化を構築していってください。また、進展がありましたら、ブログで聞かせていただければと思います。

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