プライスレス 必ず得する行動経済学の法則

4791765281プライスレス 必ず得する行動経済学の法則」─ 最近手にする本はけっこう当たりが多くて嬉しい。「当たり」だと思う本については、自身の備忘録の意味でも、内容の理解を深めるためにもブログに書こうと思ってはいるのだけれど、「当たり本」が増えてくるとアウトプットが追いついてこなくなる。

行動経済学、行動心理学を経済やマーケティング理論へ適応したものだと、最近の大ヒットは「予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」」や、去年か一昨年に久々に内容が刷新された「影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか」あたりが有名で非常に面白いのだけれど、本書もこれらに負けず劣らず刺激的で面白い。この二冊にも登場する人間の行動の本質を解き明かす実験がいくつも本書にも登場し、内容として被る部分も少なからずあるけれど、大きな違いとしては、本書は全編通じてタイトル通り「価格」というところに焦点を当てていることが魅力だろう。

今、私たちが一般的に捉えている「価格」というものが、いかに不確かなものか、根拠のあやふやなものかということを人間の心理をあぶりだして実証していく。従来の経済理論からは「不合理」と思えるような行動を人は平気でとるものであり、それは「価格」という分野においても例外ではない。

■アンカーの影響

本書を通じて、「価格」の曖昧さを象徴するものとして「アンカー」という概念が登場する。
アンカーとは何かを判断したり評価する際の基準となるものだ。こんな実験が紹介されていて分かりやすい。

最初にルーレットが回りランダムな数値が選ばれる。それを大学生のグループが見ている。
ルーレットは65でストップしたとする。そこで次の二つの質問に答えてもうう。

(a)国連にアフリカ諸国が占める割合は、65%※よりも高いか低いか?(※ルーレットで出た数がはいる)
(b)国連にアフリカ諸国が占める割合は何%か?

実はこのルーレットは10か65しかでないようになっている。
この実験を繰り返すと、どちらの数が出ても、第二問に対する答えは、ランダムに出たはずの数の影響を受けていることがわかった。
ルーレットが10の場合、国連にアフリカ諸国が占める割合を推定した値の平均は25%だった。
ルーレットが65の場合は、推定値の平均はなんと45%となった。

つまり、(a)の基準が「アンカー」として機能して、(b)の回答に影響を与えたというわけだ。

アンカーは私たちの身近な生活の様々なところに潜んでいて、私たちはそれらに無意識に影響を受けている。
本書内でも、裁判における損害賠償費から、自動車ディーラーでの値段交渉、不動産取引、アートにおける価格設定、男女間における価格交渉にいたるまで、アンカーが影響した事例が語られていて非常に興味深い。これを読んでしまうと、価格に対して極めて敏感に、そして多少穿って見方をしてしまう癖がつくかもしれない。

アンカーの影響を考えた場合、私たちが「価格」というものに対して持つ戦略の基本は、言葉は悪いが「ふっかけたほうが得」というものに落ち着く。自分の道徳観ではそういう商売はするつもりもないけれど、意識してなくてもアンカリングになってることは多いのだろうと思う。
テレビや雑誌で語られる市場データの数値がアンカーになることもあるだろうし、周りの人から聞いた数値がアンカーになることもある。自分がポロリと言った数値や価格がアンカーとなってることも少なくはないだろう。売り手としても買い手としても、アンカーについては意識しておいたほうがいいだろう。(意識してても、アンカーから逃れることなんて、多分、できないんだろうけど)

■最後通牒ゲームとは?

人間の行動心理の不可思議さをもっともうまく表してるのは、「最後通牒ゲーム」と言われる実験だ。
「最後通牒ゲーム」も本書を通じて、様々なバリエーションのゲーム実験がとりあげられている。

最後通牒ゲームの最も基本的なものは非常に単純だ。

あなたは10ドルを受け取り、それを赤の他人と分ける。その際にお金の分け方を提案しなければならない。
あなた自身がいくら受け取り、相手がいくら受け取るかを決めるのだ。(例えば、自分は7ドル、相手が3ドルというように)。
相手は、その提案に対してYESかNOで答える。YESであればその提案通りあなたも相手もその金額を得られる。相手がNOの場合には、どちらもお金を受け取ることができない。つまり10ドルが没収となる。
YES/NOですべてが決まることから「最後通牒ゲーム」と呼ばれている。

あたなが受け取る10ドルは、あなたが行った何かの報酬というようなものではない。天から降ってきた幸運だ。
それは相手も同じ。あなたと相手は赤の他人であり、相手も何の労働もなくお金を受け取ることができる。
この単純なゲームから、人間の不合理さが浮かび上がってくるから不思議だ。

さて、この状況を考えたとき、あなたは10ドルをどう分配するだろうか?
相手側=応答者の立場を考えてみたとき、冷静に考えれば、たとえ10ドルのうち1ドルでも拒否する理由はないだろうと考えるだろう。なにせ、何もせずにいきなりお金を貰えるわけだから。

ところが、実際のゲームではそうはならない。
按分はほとんどが公平な半々になり、また応答者の方へ小額の提案がなされた場合でも、応答者は3ドルなら受け取るが、2ドルは断るというような行動をとる人間が多かった。人は「公平」さの基準を望み、それが守られていなければ、自身にとって多少の利益ぐらいならば、それさえも拒否してしまうということだ。そのことは提案する側も直感的に理解している。だからこそ、本来的には公平である必要はないゲームにおいて、公平な提案に帰着する。

そう、実は「最後通牒ゲーム」に似た状況も日常にもたくさんある。そもそもこのモデルの応答者とは、すなわち「買い手」であり、提案を行う側は「売り手」だ。売り手は高い価格をつけて利益を全額自分のものにするか、すべての利益を買い手に渡す(原価で販売)か、利益を分け合うか。買い手は提案価格を受け入れるか、拒否をするか。そんな駆け引きを行っている。
ここでも、たとえ、そのものを購入することが買い手にとってメリットだとしても、売り手が極端な利潤をとっていた場合、つまり公平さが保たれなかった場合、買い手はワケもなくなく、それを拒否してしまうということはあるだろう。
先の「アンカー」の理論に基づけば、「ふっかければ得」に辿り着くものの、一方で人はそれがたとえ不合理であろうとも、「公正さ」という基準を重要視する。アンカー理論に目がくらんでふっかけてばかりいると、人はそこに不公平さを感じ取り、最後通牒ゲームにおけるNOを突きつけることと同じ反応を返すだろう。最後通牒ゲームに見られる不合理さは、実は、アンカーの影響による不合理な判断を回避するためのものなのかもしれないわけだ。

■プロスペクト理論

人の行動は合理的に見えて一見不合理だし、不合理に見えて合理的だったりする。
プロスペクト理論は人がリスク下でどのように決断を下すかを分析したものだ。
それは四象限のマトリクスで整理できる。こんな図が登場する。
縦軸は、「利得」と「損失」。横軸は「起こる可能性の高いできごと」「起こる可能性の低いできごと」となる。

Prospect1
(A):株よりも国債に投資
(B):宝くじを買う
(C):ギャンブルでの損失を埋め合わせるために、穴ねらいの勝負に出る
(D):保険に入る

つまり、私たちは「利得」を得られる場合、それの可能性が高ければ、リスクを回避する行動をとり、起こる可能性が低ければリスクを求める。国債とギャンブルがわかりやすい事例だ。

3000ドルが手に入るか(確実に)、4000ドルを獲得する確率が80%あるか、どちらが良いか?
と問われれば、ほとんどの人は3000ドルを採る。しかし、この質問を逆転させて、

4000ドルの損害賠償を求めて訴えられた場合、ただちに3000ドルで手を打つか(確実に損する)、裁判に負けて全額支払う確率が80%(4000ドル支払う)という場合どちらを採るかという問いかけだと、
大半の人は後者を選ぶ。

この2つの質問は、前者は「利得」を得る場合、後者は「損失」を蒙る場合となっているが、本質的には同じことを裏返しにして聞いているだけだ。

メリットもないのに、「公平」ではないことから損をとってしまうという行動と同じく、人にとっては「利得」と「損失」のシーンにおいては価格への反応がまったく違うものになる。
この理論の中心概念として、人は「お金(価値のあるものなら何でも)を失った場合の打撃の大きさは、それと同じものを得た場合の喜びよりずっと大きい」という「損失回避」の考え方がある。
だから損失を回避するためなら、それがたとえ起こる確率が低いものであってもリスクを回避しようとする。人々が「保険」に入る理由はそこだ。確率から考えれば、保険が必要となるケースのほうが少ないだろうから、無駄に保険料を払わずに「得」をしても嬉しいはずなのだが、私たちにとっては「保険」によって助けられたときの喜びのほうが圧倒的に大きいし、逆に損失を蒙った時は時で、そのショックは極めて大きい。だからそれを回避するため保険に入る。

■価格・価値に対する人間心理の不可思議さ

他にも価格についての様々なトリビアが登場する。価格に「9」をつけることによる心理的効果や、レストランメニューの作り方、テレビショッピングでは付属物をこれでもかと付け加えることで買い手の心理的メリットが上がるという話など、実際の商品やサービスの値付けなどにおいても参考になる話がてんこ盛りとなっている。

一章、一章が短く、1つのテーマに絞って書かれているのでとても読みやすいし、基本的にはどの章から読んでも愉しめる。そこそこボリュームはかなりあるが、とても読みやすい本だ。

ちなみに、かなーり後半に、ウェブサイトの背景を変えたときに価格や品質を気にする人の割合がどう変わるかというような実験も載っていて、ウェブ制作に関与する人にとっては興味深い。内容はここでは書かないけれど、ちょっとにわかには信じられないような結果がでてるので、ウェブ関連の仕事に従事してて気になる人は探して読んで見てはどうだろう。


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コメント

  1. 起業ポルノ より:

    [Study]デアゴスティーニ商法が行動経済学的に凄すぎる...

    先日、「普段の暮らし」への経済学の応用をテーマとした、カジュアルな文庫本を読んでいて、ふと、デアゴスティーニについて昔から感じていた疑問を思い出した。 デアゴスティーニって、微妙な書籍を売ってる割には、テレビCMをバンバン打っていて、なんだか儲かっているよ...

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