超少子高齢化の過疎の町で起業した若者達の物語「僕たちは島で、未来を見ることにした」

僕たちは島で、未来を見ることにした
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京都大学の工学部からトヨタに就職し、民間ロケットの開発を志していた阿部祐志。
都内のITベンチャーの起業メンバーとして参画し、Webデザイナーとして寝る間もおしんで働き詰めの生活を送っていた信岡良亮。
高校時代からNPOやNGOに関わりエコロジーやサステナビリティに強い関心を持ちながら、大学卒業後、東京で市民メディアをつくるためのNGOを手伝っていた高野清華。

この三名が創業メンバーとして2008年1月末に設立された会社、それが株式会社巡りの環だ。
「最初の全員の給料は15万円。出資は僕(信岡)が50万円。登記に30万円かけて、20万円は株式に回しました。そのときの僕の貯金残高は4000円でした。もう後戻りできません。」というスタート。

この会社は単に無謀な若者達が興したベンチャー企業ではない。この会社がユニークなのは、海士町(あまちょう)という超高齢化、少子化が進む一地方の島(町)で創業された会社というところだ。しかも、もともと島とは何の関わりもなかった若者たちの創業というところも変わっている。何せ、代表取締役の阿部さんは京大→トヨタという傍からみたら順風満帆のエリートコースを歩んでいた人だ。
どうしてこのメンバーが、この島で会社を興そうと思い立ったのか。
よくあるベンチャー譚のように、そこに大きな事業チャンスがあった、一攫千金を夢見て、大きなリスクを取って勝負に挑んだ、とかそういう物語があるわけでもない。この会社の物語は、そういった資本主義とかグローバリゼーションだとか、そういう経済性のみを強調して誇大妄想的に語られる世界とは、正反対にある物語だ。

この本を読むまで、海士町(あまちょう)のことはこれっぽっちも知らなかった。でも、実はこの島、というか町、かなり注目を集めているらしい。僕のアンテナにはまったくひっかからないということは、いかに自分がこの手の分野に関心が薄いのかがよくわかる。もうちょいこういう方面にも目を向けないと。

本書にある紹介をそのままに掲載する。

島根県の北60キロ、日本海に浮かぶ隠岐諸島の中の一つの島であり町である。
人口2331人(2012年8月末現在)。年間に生まれる子どもの数約10人。人口の4割が65歳以上という超少子高齢化の過疎の町。

人口の流出と財政破綻の危機の中、独自の行財政改革と産業創出によって、今や日本で最も注目される島の一つとなる。

町長は給与50%カット、課長級は30%カット、公務員の給与水準としては全国最低となる(2005年度)。その資金を元手に最新の冷凍技術CASを導入。海産物のブランド化により全国の食卓をはじめ、海外へも展開する。

産業振興による雇用拡大や島外との積極的な交流により、2004年から11年の8年間には310人のIターン(移住者)、173人のUターン(帰郷者)が生まれ、島の全人口の20%を占める。新しい挑戦をしたいと思う若者たちの集う島となっており、まちおこしのモデルとして全国の自治体や国、研究機関などからの注目を集めている。

経済合理性とか、グローバリゼーションとか超高度資本主義とか、そんな世界とは無縁のようなこの島。しかし、ここは50年後の日本の縮図でもある。彼らの事業は、事業規模だとかサービスの成長性とか、そういう経済指標から見たら、取るに足らない些細なものかもしれない。でも、彼らが見ている未来や考える社会の姿は、とてつもなく大きい。社会システムそのもの、日本の50年後そのものの先攻モデル、ベンチマークとして、「持続可能な社会作り」をかけ声だけではなく、自ら実践して提唱する。

サステナビリティーや自然との共存とかって考えるたり、それが大事だということを語ったり、みたいなことは誰だってできる。でも、それを実践するのはすごく難しいことだ。そういう生活や社会の志向には、どうも経済的な発展や発達、進歩みたいなものの重要性がごっそり抜け落ちてしまう。そういうものがまるで正反対の概念のように対立しあう。しかし、本来はそうじゃないんだろうと思う。
彼らが最初に「株式会社」じゃなきゃ駄目なんだと、こだわったのは、こういった議論にありがちの理想と現実というギャップを、自ら実践者として埋めていこうとう意識からだ。これは素晴らしいことだと思う。ちゃんと経済的にも自立し、それでいて地域社会の社会システムが成立していくこと、これが出来なければ何を言っても絵空事だからだ。

彼らと同年代(20代〜30代)の人達は、彼らの現在進行形の物語を読み、彼らの生き方を見ると、そこには尊敬と多少の憧れ、そして嫉妬を感じずにはいられないのではないかと思う。本書前半で、彼らがどのようにしてこの海士町と出会い、この会社の設立に至ったのかということが本人達の言葉で語られるが、多くの若者たちは多かれ少なかれ彼らと同じような疑問や悩みを抱えていたりするのではないか。お金だけではない生き方、自分らしい生き方、私らしい仕事。これでいいのか?という疑問が頭をよぎる。
しかし、殆どの人は、そういった今の日常や生活に違和感を感じたり、不満をぶちまけたりしながら、それを「外部」の責任にだけ押し付けて、自分の不幸を嘆くぐらいで終わる。しかし、彼らは自らで、この過疎の島に飛び込み、状況を切り開いていく。自らの心の声やそうありたいという生き方を実践していく勇気。それは羨ましくもあるし、嫉妬してしまうそうにもなる。

ただ、本書の中で、何度も語られるが、彼らは、今の現実から逃れようと、この島に来たわけではない。
現実に疲れ、絶望し、逃れるように、理想だけ夢見て島にやってきたならば、彼らの取り組みは多分失敗していただろう。彼らは、頭をよぎった疑問を、なんとかして現実的な解として形していこう、それを実践してみせようという「攻め」の姿勢で、この島に出会い、この島に移住した。そして、この島は、またこういった志を持つ、外部の人達を積極的に受け入れ、自ら変革しようという強い意志を持っていた。だからこそ、このマッチングが成立したのだろうと思う。
本書を読むと、こういう生き方やチャレンジもできるんだ、こんな可能性もあるんだと、勇気を与えてくれもするかもしれないけれど、その裏返しとして、そんな甘くもないし、そこには自ら「そこ」に飛び込み、そこにどっぷりと浸かっていかなければならない、という当たり前の現実をも見せつけられる。

さて、本書の最後のほうで阿部さんが新しい生き方の軸として「くらし」「しごと」「かせぎ」という3つをあげて整理している。
面白いなと思ったのでメモとしてピックアップしておく。

「くらし」とは、「人と自然のバランス」のこと。暮らしがどれだけ自分の手の中に収まっているか、どれだけ自分に生きる力があるのか。自給経済とも呼べる。

「しごと」とは、「人と人のバランス」のこと。昔の農村社会でいう「地域の仕事」のことを指しており、自分や子どもの世代だけではなく、いつか生まれてくる子孫のために、周囲の人たちと深い信頼関係を築きながら地域社会にどれだけ貢献しているか。贈与(互恵)経済とも呼べる。

「かせぎ」とは、「働き方のバランス」のこと。社会と自分を考察して、納得して社会に自分のやりたいことをマッチングさせる。そして周りの人が喜ぶ成果を挙げながら必要な金銭的対価を得られているかという、貨幣経済のことを指す。

本来、日本の地域社会では、この三つのバランスが意識されていた。この三つのバランスが保たれることで、風習や文化を未来に残し、地域コミュニティを良好に保つ、ということが可能になった。しかし、今、都会での生活では、ほとんど「かせぎ」に占められていて、プライベートで多少の「くらし」があるというのが大部分だ。ここで言う「しごと」というものに関与したり、頭を使ったりする余裕や時間はまったくない。

現代都市や現代社会の在り方というのは、多分、この「しごと」という部分に手が廻らなくなって、これがなくても生活を保っていけるようにするために極度な合理化を進めたのかもしれない。自分たちが暮らす地域や、その未来なんてことを考えている人はほとんどおらず、むしろそんなことを考えずに住むような社会システムが構築されてきた。

ここ近年のスローライフブームや、田舎懐古主義の盛り上がりというのは、どんどん「しごと」が失われ、自分が住む地域や土地というものが、自分の生や未来との直接的な繫がりをなくしてしまったことで、ずっと根なし草で生きていかなくてはならない、ということを薄々気付いてしまった人達の不安や恐怖の裏返しでもあるのかもしれない。ポストモダン云々の「大きい物語」の喪失は、身近なところで見れば、阿部さんの言う「しごと」が喪失していったといことも大きいのかもしれないなぁなんてことを思ったり。


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コメント

  1. matushima より:

    当初3人いたらしいが

    1人が島を去り

    また1人、島を去る予定らしく

    島で未来をみることにしたって言えなくね?

    1人称にすれば大丈夫か。

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