首藤 瓜於「脳男」

脳男
脳男首藤 瓜於

講談社 2003-09
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同居人が古本屋で仕入れてきた本。なかなか面白いよ、と薦められたので読んでみた。ボクは江戸川乱歩賞をあまり信じていなくて(かなり読んでいるが、どれもたいして面白くないし、仕掛けや構成の大胆さやみたいなところは面白くても、文章があまりにも稚拙な作品が多くという気がする)、あまり期待はしていなかった。が、期待していなかったこともあったのか、実際はかなり愉しめた。

連続爆弾犯として逮捕された鈴木一郎。男の精神鑑定を重ねるなか精神科医の鷲谷真梨子は、鈴木一郎には「感情」がないことを発見する。
ストーリーの展開に沿って、鈴木一郎の過去が明らかになるとともに、彼の人間離れした恐ろしい能力が次々と発揮されていく。一読するとそんな馬鹿なと思ってしまいそうだが、サヴァン症候群の例などを調べていると、あながち夢見物語りではないのではないのかもしれない。(鈴木一郎のキャラクタ設定は、サヴァン症候群の症例からつくられているだろう) ただ、あまりにもフィクションとしての突拍子もなさを科学的見地から打ち消そうという趣向が鼻につきすぎるきらいはあるのは否めないが。

本書には脳医学や精神科学的なタームや考え方があちこちに散らばっている。これらの考え方が最近の研究からまともな考え方なのかどうかというのは、素人の私にはまったくわからないのだけど、「感情」というものが自我を綜合する役割を持つという考え方を、ミステリーを成立させる装置として利用するというのは面白いなと思った。

「感情がない」とはどういうことか。
真梨子はこんな風に考える。

「たとえば、鈴木一郎は、異性を愛したことなど一度もないに違いなかった。好きな人が傍にきただけで胸がときめくということも、手に手を重ねられただけで胸のつかえがおり疲れが吹き飛ぶような経験をしたこともないだろう。人間はたえず感情の吐露をしあい、感情を共有しようとする。人生の大部分はそのことだけについやされるといってもいいくらいだ。それができないとしたら、気分転換もできなければ疲れを癒すこともできず、一瞬たりとも自我から解放されることがない。それは等身大の檻に一生閉じこめられているようなものだ。
しかしそれだけではない。感情がなければ、なにかを美しいと感じたり、神秘的な感情を抱いたりすることもできない。美しさや神秘感は、抽象的な思考ではなく肉感的な感情であるからだ。人間は世界を概念としてとらえている訳ではない。世界は美しいもの、神秘的なもの、荘厳なもの、あるいは卑俗なもの、喜劇的なものに対する感覚で充満している。だからこそ人間は世界に触れることができ、世界のなかに同胞たちと存在していると実感することができるのだ。抽象的な概念や数式では、世界を説明することはできても、世界を実感することはできない。」

また、同じように、
「大半の人間が、おれがおれでありつづけているのは感情などという低級なもののせいではなく、難解な思想や気高い信念をもつからこそだと思いたがるけど、思想も信念もただの言葉よ。言葉というのは他人のもので、わたしたちはそれを勝手気儘に剽窃してきてそれを組み立てたり壊したりしているにすぎない。いくらでも更新できるし、消去することもできるわ。その証拠に、思想や信念を変更しても自己はもとの自己でありつづける。それに反して感情は、気分や気持ちといったものだけど、途切れることがない。」とも語る。

そもそも自我がなぜ必要なのか、自我がどのようにして生まれるのかということについては、本書内でも真梨子は「よくわからない」という立場をとっている。が、生み出された自我を自我として成立させつづけるのは、他人からの借り物の言語(思想、信念)ではなく、「感情」なのではないかという発見。そしてその考え方がこの小説を貫く一つのテーマとなり、また「鈴木一郎」が「鈴木一郎」としての役割を演じることの大きな理由となっている。

ボクは「感情」の大部分も他人からの借り物なのではないかという気がしていて、ここで真梨子が語るような「神秘的な感情」や「美しさや神秘感」みたいなものは、むしろ後天的に学ばれるのではないかと考えている。つまりこれらの感情もある意味「言葉」によって成立してるのではなにかと。が、そういう言い方も安易なのだがプリミティブな感情みたいなものは確かにあって(動物には自我はないけど、感情はある)、それが自我をつなぎ止める何かしらの役割を担っているのではないかとも思う。

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コメント

  1. 葉兎の本棚 より:

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