勝負師

図工の時間であった。
秋の運動会をひかえては運動会のポスターを描くというのが課題となっていた。すでに下絵は完成していて、あとは着色を施すだけであった。

「なぁなぁ、どれぐらい少ない色数で描かるか勝負せぇへん?」
隣のケンちゃんがまた馬鹿なことを言ってきた。この男、とにかくいつもクダラナイことばかり考えている。僕はケンちゃんと同じクラスになり、すぐに大の友達になった。なにせその思考のベクトルが、きわめて似ていたからだ。

「いいよ。やろうやろう。」
僕もこういうクダラナイことが大好きなので、ついつい話にのってしまう。

もちろん色数が少ないほうが勝ちなわけだが、そうなると一色も使わない、つまりエンピツでの下書きで完成としてしまうということもできるので、とりあえず、必ず最低1色は絵の具を使うということにした。また、例えば、青と赤をまぜて紫色をつくった場合でも、使った色は青と赤だけとみなすことになった。

僕はとりあえず2色を目標にした。そもそもこの勝負のポイントはどの色を選んで、いかにうまく混ぜ合わせることで、運動会を表現するのか?というところにあると考えていた。運動会といえば、紅白で戦うので、赤色は絶対に必要だろう。白は画用紙の下地を使えばなんとかなる。しかし下手に他の色を選ぶよりは、赤と白の絵の具で混ぜ合わせてつくる色だけでもかなりの表現が可能である。僕はすぐに白と赤の絵の具を使うという決断を下した。

僕が描いた下絵は、紅白にわかれて玉入れ合せんをしているところに、「どちらもがんばれ運動会」というロゴをいれたものだった。「どちらも」という部分を「どち」を白「らも」を赤にして、紅白をかもし出そうと考えていた。しかし玉入れの図だけにグラウンドの部分や、空、人などに色をつけなければならない。人は白と赤で簡単に肌色がだせるので苦労はいらないのだが、青色は白と赤ではどうやってもだせない。仕方ないので、空をピンクにし、地面はオレンジっぽい色にした。色をつけていくうちに、これはやばいなという気がしてきた。やはり2色ではかなり無理がある。2色で完成させることはできたが、これを先生が見て、どう思うか、そればかりが心配でならなかった。どう贔屓目にみても、ふざけてるとしか思えないような見栄えである。それが現代美術の授業ならまだしも、なにせ小学校の図画である。こんな配色をほどこした絵などは誰も描かない。他の人はみんなきちんと色を塗っている。たった2色でつくったがために他の人よりかなりはやく完成してしまったが、先生のところにもっていく勇気がなく、どうしようかこうしようかと思案にくれながら、完成したポスターをずっと眺めていた。

すると、不思議なものである。だんだんと目が慣れてくるのか、奇異と思われたその配色も、まぁいいかぁという気がしてきた。ただたんに面倒くさがりの本性がでただけなのかもしれないが、いまさら描き直すのも面倒だ。日本の子供はたいてい太陽を赤く描くが、アメリカの子供は黄色に描く、アフリカのある地域では虹が3色だったりする。そう、自然界の色など文化やら社会やらによってその見え方は違うのだ。などと文化人類学的なことを考えたわけでもないのだが、まぁ空がピンクで何が悪い、地面がオレンジで何が悪いと、開き直りの境地に達してしまった。よしこれで提出してやれ。

そんな時である。ビリッ! という炸裂音が耳に飛び込んできた。決して電気ショックを与えたときの音ではない。どう聞いても紙をやぶいた時の音だ。ビリッ!という音に続いて、聞こえてきたのは、聞き慣れた怒鳴り声だった。

「これ何! なにをふざけてるの! 書き直しなさい!」
眼孔鋭い先生が睨みつけるその先にいたのは、ケンちゃんであった。

先生は破いたその画用紙を空に放り投げた。そしてケンちゃんの頬に平手打をかました。クラス全員の視線が先生とケンちゃんに集中した。ケンちゃんはどうやら一足先にポスターを完成させて、先生のところに提出しにいったらしい。しかしそのポスターを見るや、先生の怒りは爆発したというわけだ。

僕の席からは床に落ちたケンちゃんのポスターは見えない、しかしそのポスターを見た数人の生徒がクスクスと押し殺した笑い声をたてている。カラダが震えている。笑っていはいけないと思いつつどうしても笑わずにいられない。どんなポスターなのだ? 僕は気になってしかたない。

一人の生徒がやぶれて2枚の紙とかしたポスターを拾い上げて接合した。そしてクラス中のみんながみえるように、かかげてくれた。その途端クラス中が大爆笑につつまれた。

ケンちゃんの絵もどうやら「玉入れ」の図のようであったが、それがわかるのは、エンピツの下書き線がかろうじて示しているにすぎず、実際遠目に見ると、それは一色で塗りかためられたただの色画用紙にしか見えなかった。
ケンちゃんはなんと青一色でポスターを描いてしまったのだ。ひたすら青い絵の具を塗っただけである。これなら着色するのもしないのも一緒だ。むしろ着色しない下書きのままのほうがいい。図案は僕のものと似ていて、玉入れの図に「がんばれ!運動会」という見出しがついている。しかし青一色で塗りかためられたそのポスターからはどう見ても「がんばれ!」という感じはでない。むしろけだるさとやる気のなさがぷんぷんする。運動会だというのに、なんでわざわざ青なんて色を選択したのか。

「なんできちんと色を塗らないの!」先生の怒りはまだおさまらないようだ。
反省しているのかしていないのか、ケンちゃんはうつむいて無言である。
「説明しないさい!」
向かい合った先生とケンちゃんの緊張感が、教室中を包み込み、いままでその絵をみて大笑いしていたものたちも声を殺した。教室中が静まり返った。僕一人がびくびくしていた。いかに色数を落してポスターがかけるかという勝負をしていたから、とその理由を言ってしまえば、先生の怒りは当然ながら勝負の相手である僕にも向けられるだろう。そして、僕の絵を見て、その怒りにさらに拍車がかかるのは目に見えている。

しかしケンちゃんは何も言わなかった。

「もういいです。わかりました。書き直しなさい!」先生は諦め、ケンちゃんを席に返した。僕は少しほっとした。これは絶対に先生の目にふれてはならないとすぐにいままで描いていた絵を仕舞込んだ。仕方ない。もう一度書き直そう。

席にかえってきたケンちゃんに聞いてみた。
「いくらなんでも青一色はまずいやろう」
ケンちゃんの頬は真っ赤に染まっている。よっぽどきつく殴られたのだろう。
「いやぁ、絶対に負けないためには一色じゃないとだめやろう。絵のなかで空が占める部分が一番でっかいしなぁ、だから青にしとこうと思ったんや」
ケンちゃんは飄々と言ってのけた。ケンちゃんには絵の具を混ぜるというような発想は元からなかったようだ。とにかく1色にしてしまえば引き分けはあっても、絶対に負けない。なんという勝負師か!
ケンちゃんは机に新しい画用紙をとりだし、ふたたびエンピツで下絵を描き始めた。
「今度は、青色を水で薄めて、濃淡だすわ。今のはあまりにもストレートすぎたわ。ヘヘヘヘ。」
ケンちゃんにとってまだ勝負は終わってなかったのだった。

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