京都の写真集2冊について
ここ最近で「京都」を題材とした写真集を2冊買った。
1冊は、甲斐扶佐義さんの「路地裏の京都」。もう1冊はMOTOKOの「京都―The Old and New Guide of Kyoto」だ。どちらの写真集も暇があるときには眺めている。かなり好きな写真集だ。
路地裏の京都 | |
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京都―The Old and New Guide of Kyoto | |
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一方がモノクロで一方がカラーという違いはあるものの、どちらの写真集にも通じるのは、「そうだ京都へ行こう」的な幻想の京都ではなく、あくまでもそこで生活の営みが行われている生の京都を描き出そうとしているところだ。甲斐さんは木村伊兵衛ばりの町中のスナップを中心として市井の人々の生活、遊びをそのまま記録するという感じで撮っていて、その写真からは時間的なノスタルジーが立ち上がってくる。一方、MOTOKOさんの写真には、時間ではなく場所としてのノスタルジーみたいなものを感じる。一度、京都に住んで、そして京都から遠く離れてしまった人が京都を思い起こす感覚だろうか。甲斐さんの写真が記録ならMOTOKOさんの写真は記憶みたな感じだ。
「路地裏の京都」には70年代から、一番最近のものだと2008年、まさに今年撮られた写真も納められているのだが、すべてモノクロということもあるのだろうが2008年の写真と30年以上も前の74年や76年の写真が混在していてもまったく違和感がない。人の身なり自体は随分変化している。昔の写真だと、散歩をしている人も着物姿が多いが、さすがに最近は京都でも着物の男性を見る機会は少ない。しかし、映り込んでいる町並みは30年前も、ここ最近のものもほとんど変わりないように見る。これには驚かされる。東京ではこうはいかない。新宿やら渋谷といった大都市だろうが、周辺の小さな町だろうが30年という時は、大きな変化を強いているだろう。
もちろん京都でも細かい一軒一軒の店は変化している。町の中心を縦横無尽に走っていた市電もなくなったわけで、そういう意味でもかなり大きな変化は起きている。でも、全体として見たときに通りに面した店の雰囲気や通りそのものの雰囲気がほとんど変わっていない。30年前の写真も古い町並みであれば、最近の写真も古い町並みだ。
高いマンションが建てられないということや、古い家をそのまま使い続けていくという文化があるからだろうが、これはやはり凄いことだと思う。これが京都の魅力の1つには違いない。今、見ている風景や、今ここにある風景が、ほぼ何十年も前もここにあったという感覚がある。そう、京都の町並みというのは、今、この時点でさえセンチメンタルなのだ。
「京都―The Old and New Guide of Kyoto」には曼殊院や銀閣寺、円山公園、詩仙堂、苔寺、上賀茂神社と、かなり有名どころ、観光スポットが多く選ばれてはいるが、多くの観光ガイドのような写真にはならず、あくまでもそこで暮らしていた時に、ちょっと出かけてみた、訪れてみた。そのときに覚えてるシーンがそのまま写真になったというような感じが漂っている。自分の目に焼き付いてる京都がそこにある。だから無償に懐かしさが溢れている。多分この写真集を東京にいるときに見てたら泣いてただろう。
京都は不思議な町だ。繁華街はほぼ四条、三乗という一角に集中していて東京や大阪に較べれば恐ろしく小さくこじまりとしている。かなり田舎だ。
その繁華街のど真ん中を鴨川が貫いている。町の中心に河が流れているところは多いけれど、鴨川のような風情のあるキレイな河があるのは珍しいのではないか。
自転車で足を伸ばせる範囲で山があり、清流がある。町中には学生マンションやファミリー向けマンションに並んで昔ながらのボロい学生寮やアパートが並ぶ。裏道に入れば、まだまだ古い長屋、町家作りの家が密集している。学生が多いせいか学生向けの安い食堂や飲み屋が主要な駅の周りには必ずあっていつも少し学生的退廃的ムードを漂わしている。
良くも悪くも、この町は金がなくても、夢がなくても、まぁなんとかなるだろうと思わせてしまう力がある。
ボクは大学の頃に京都で初めて独り暮らしを始めた。それから大学を卒業して今の前身の会社をやるようになって、東京支社を立ち上げるということで単身東京に行くまでの約7年間を京都で暮らした。当時は特別京都が好きとかそういうのもなかった。京都でなければならないなんてことも思ってはいなかったので、東京に行く時も寂しくはなかった。
しかし、最近はよくこの頃の京都での生活を思い出す。会社の黎明期の頃に過ごした京都のことだ。昼ご飯を食べるお金もなくて、ご飯だけ会社で炊いて、みんなで出町柳商店街でお惣菜を買ってきて食べたことや、夕方に相国寺に散歩にいって途中駄菓子屋で仕入れたお菓子を食べながら、ぼおっとしたこと。一乗寺にあったおいしい料理屋にみんなで行っては夜中までくだらない話、夢を語ったこと、夜に鴨川を散歩してブルースリーごっこをしたことなど。仕事は不安定で、まともに今月生きていけるのかどうかも怪しいようなそんな頃だったけれどもとても愉しかった。みんな独身で気軽だったということもあるだろう。学生気分まんまで、寝たい時に寝て起きたい時に起きるというようなおよそ社会人とは思えないような生活を続けていた。
多分、京都だからあんなでも生きていけたのだと思う。東京や大阪での起業なら、もっとシビアだったかもしれない。もっと企業らしく、企業のようにあるべき姿を追い求めていただろう。ある意味、京都という町が持つ、学生的気質というかそういうものに救われたのではないか。ガツガツせず、地道に地道に少しづつ人脈をつくっていく。京都だからできたことなのかもしれない。社長には失礼な話だが、会社が仮に駄目になろうがなんとかなるだろうと思ってた。多分当時、働いてた人はみんな同じようなことを考えていたろう。まさか、マンションの一室で仕事を開始できるのがテレホーダイが始まる23時以降みたいな会社が、その後10年以上も生きながらえるなんて想像もできなかったに違いない。
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