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自己嫌悪の無意味さ?

4122025184 手元に本がないので正確なことはわからないが、岸田秀が「自己嫌悪」は意味がない、みたいなことを言っていた。内容はこんな感じだったと思う。

自己嫌悪というのは、嫌悪される対象として自分と、嫌悪する主体としての自分があって成立する。嫌悪される対象の自分というのは、いらんことを言ったり、やっちゃったりしてしまった現実の自分だ。

たいていの場合、嫌悪対象となる言動やら行動やら思考みたいなものは、そのときの欲求や衝動から生まれていて、つまり後々で嫌悪の対象にはなってるけれど、その瞬間ではそういう行動や言動をとりたかったのであり、そういう行動をとって気持ちよかったということだと。

嫌悪される主体(つまり「いらんことをやったり言っちゃったりする自分」)が現実に立脚した「自分」であるのに対して、嫌悪する主体の方はというと、なんら現実に立脚しているわけでもない。
その自己はあくまでも理想の自分像、本来の自分ならそんな馬鹿なことはしない、言わないと、自分が勝手に思ってる架空の自分像に過ぎない。
なんでそんな架空の自分をつくり出して、わざわざ現実の嫌悪するような行動や言動をとってしまう自分を批判するのかというと、理想の自分と現実の自分とのギャップを埋めておきたいからだ。

つまり、本来の自分はそうじゃないという担保を架空の自分が求めてるということ。

こんな感じの内容だったと思う。

僕自身、よく調子にのってハメを外してしまい、色んな人に迷惑をかけることが多く、そのたびに自己嫌悪に陥ってるわけだけど、嫌悪しているボク自身は、そんなハメを外した自分は「本当の自分ではない」と無意識に思っている節があり、ついついその場の勢いや流れでそういうことをしてしまっただけで、本来なら、本当の自分なら決してそんなことはしなかったのだと正当化している。
しかし、おそらく周りから見たら、ハメを外しているボクが本来のというか、ボクそのものなのだろうと思う。お恥ずかしい限りだ。というようなことを考えてると、さらに自己嫌悪に陥ったりするのだが….

自己嫌悪に陥ってる場合ではない。自己嫌悪に陥って、理想の自分と現実の自分の間を都合よく取り持って、自分でバランスつけたって意味はない。まず、自分が最低の人間だと認めることだ。まず、それが本当のどうしようもない自分であることを直視しなければ、自己嫌悪に陥ってたって何も変わりはしないだろう。

よく人で周りの人が自分のことをわかってくれない、と嘆く人はいるが、周りの人は素直にそのままその人の現実に即した行動や態度からその人を判断している。でも、理解されないと嘆いているその人には、多分、それとは別に、自分は本来こうだという自分像があるのだろう。でも、そんな自分像が、他者からの自分像とは全く違うことを理解しないといけないだろう。自己像がいかに都合よくつくられているかも理解しておく必要があるだろうと思う。

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グランツーリスモ5とロジクール ドライビングフォース GT

B0032UX9I0PlayStation3はもっぱら妻がサッカーゲーム(FIFAのやつと、ウィニング11)とtorne利用に限られていたけれど、グランツーリスモ 5を買ってからは、ボクのほうがむしろゲーム機として使いまくっている。
クルマがむちゃくちゃ好きというわけではないのだけれど、なぜかクルマのゲームは好きで、グランツーリスモの1も発売してすぐに購入した。ただ、あまりにも難しさに根気のないボクはほとんどの練習もせず、ただ好き放題走るぐらいしか脳がなく、国内ライセンスさせ取得しないまま、ゲームから遠ざかってしまった。
PlayStation3でグランツーリスモが発売されるということで、せっかくPS3を持ってるのだからと購入したのだけれど、いやはや進歩というものは恐ろしい。もう、これはゲームというより実車で運転しているのに近いぐらいのクオリティだ。風景の映像もそうだけれど、舞い上がる砂埃や、地面に描かれるスリップサイン、日暮れから夜に変わっていく微妙なグラデーションなどなど。あまりにもリアルすぎて、レース云々よりただその風景の中でクルマを走らせたくなる。ドライブしたくなる、そんなレベルだ。

B00170IBOEこれだけのクオリティ、画質なのだから、もっとそれっぽい気分を味わうには、ハンドルコントローラー買うしかあるまいと、色々調べてると、ロジクール ドライビングフォース GT(LPRC-14000)が良さそうだ。しかし、ネットは元よりいくつかの玩具屋をまわるも、どこも売り切れ状態。Amazonなんかでは品薄状態を利用して、ボッタクリで儲けようという輩ばかりで、今、現在でも定価が17,000円ちょいの商品が5万円とかっていう法外な値段がつけられて売られている。(Amazonもなんとかしたらいいのにと思うが) いくら品薄とはゆえ、酷い業者があるものだ。

ドライビングフォースGTだが、日本では品薄で値段も高騰していたけれど、海外では状況は違っていた。本家のAmazonで調べてみると、ボクが購入した時点では、$84.99で売られていた。(今見たら、$144.18とかになっていて、本家側でも値上がりしちゃっていたが。) 日本で買うより圧倒的に安い。
ただ、この商品、Amazonから直接日本への配送は不可となっている商品だ。なので、仕方ない。転送サービスを利用することにした。利用したのは、「スピアネット」。古くからある老舗の転送サービスだ。スピアネットより安いところもあるのだろうけれど、安心や信頼を優先した。
1個口あたりの転送サービス料金は7$。送料は重量により変動するが、この商品の場合だと59$だった。あわせて66$。本体と合計すると、150.99$ということになる。日本円で12,000円ちょいだ。送料や手数料を合わせても日本で買うよりも安い。

実は、ハンドルコントローラーだけに飽きたらず、せっかくハンドルコントローラーを手に入れるのだから、きちんとした環境で使えるようにしたいとの思いから、同じ本家Amazonで「Amazon.com: Regular Xlerator Wheel Stand for Logitech Driving Force GT: Video Games」こんなものまで買ってしまった。
ハンコン用のドライビングシートなんかも4~5万円で販売されてはいるのだけれど、さすがに家にシートを置くのは妻に怒られる。いくらなんでも4~5万円は高すぎる。ということで、簡易的ではあるけれど、ハンドルコントローラーを固定して使いやすくするためのパイプキットに触手が伸びてしまった。
スピアネットを利用したのは初めてだけれど、何の問題もなく、Amazonで注文後、8日ほどで無事届いた。ネット黎明期は日本でモノを買えるところがほとんどなくて、海外のサイトで本やらCDを買ったりしていた。当時は、届かないことも多かったし、届くまで1ヶ月ぐらい待たされたことも何度かあったけど、当時に比べたら、随分と世界は小さくなったものだ。

さてさて、グランツーリスモ5はというと、残念なのは、いちいちの読み込みの遅さだ。何か1つのアクション、選択、画面遷移を行うごとに、ジジジ・・・・と読み込みが始まり、早くて5秒程度。遅いものだと20~30秒は待たされる。これは相当ストレスがたまる。
ただ、実際のレースやゲーム自体は、ほんとに凄い。前作を経験している人は、前作と大きな違いもないから、たいしたことないという感想の人も多いようだけれど、なにせボクは第一作目以来だ。その差は歴然。ゲームはほとんど1週間も立たないうちに飽きてしまうボクが、ハンコンを購入したということもあるけれど、未だに時間を見つけてはやり続けているのだから、自分でも凄いと思う。多分、これはもうゲームではないということなんだろう。

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PDCAサイクルの話の続き。WebソリューションとPDCA。

PDSじゃなくて、PDCAのほうが良い理由」というエントリーを書いたけど、この話をしたらある人から、ダイレクトマーケティングの世界なら、この「Plan→Do」がスプリットランテストで、「Chekc→Action」がそのテスト結果を踏まえた本番実行になるんだよ、というようなことを教えてもらった。

なるほどなるほど。これも重要な考え方かもしれない。つまり、PDCAは、本番前、大々的な実行の前に、ちゃんとテストしなきゃダメですよ、ということを意味しているわけだ。

ダイレクトレスポンス型の広告とかだと、「スプリットラン→本番」みたいなことは、それこそワンダーマンの時代から行えれている伝統的なプロセスだろうし、ネット広告チャンネルならば、さらにこういうプロセスを簡単に安く実行できるわけで、こういう概念は広告主側にも比較的受け入れられているように思える。(僕がお付き合いさせてもらってる代理店さんとかだと、普通にやってるけど、実際はそんなことないのかもしれない)

でも、Web制作とか構築みたいな領域では、まだまだ、こういう考え方は入り込んでいないだろうと思う。
それはクライアント側もそうだし、それをお手伝いさせてもらってる僕らのようなWebソリューション会社でも案外そうなんじゃないだろうか。

昨今の不況などもあって、大規模リニューアルにドンとお金をかけていく、みたいなのは少なくなってきているかとは思うけど、それでもやはりWebサイトソリューション分野における「効果改善」「最適化」の予算の中心は、「初期構築」「フルリニューアル」の中にある。
補足すると、「運営」だとか「運用」の予算も、トータルすると「初期」を超えるということは多々ある。が、その「運営や「運用」の予算というのは、たいていの場合、必要なコンテンツの更新やら追加やら、プロモーションやらといったところの予算であり、Webサイトの効果を高めていくことや、成果を高めるための改善みたいなところに掛けられる予算はまだまだ非常に限定的だろうし少ない。そういう意味で、「効果改善」「最適化」の予算の大部分は、「初期」や「全体リニューアル」にあるという意味だ。

1回のプロジェクトで可能な限り多くの課題や問題に取り組み、それらの解消を目指す。必然的にプロジェクトの規模は大きくなる。リスクを減らすために、事前の調査やスルーテストなどを何度も繰り返し精度を高めていく。
そうやって出来上がったサイトは1~2年ぐらい使われて、また、次に作り直すときは、ゼロベースで設計しなおす。この手のWebサイトマネジメントは一般的だと思う。先のPDCAの概念から考えると、すごいパワーや予算、期間をかけて「C→A」をやっていて、この「C」のところで、被験者テストやらスルーテストみたいなものを通じて「P→D」をやるみたいなイメージだろうか。これはPDCAとは違う。PDCAという言葉が持つ、継続性だとか持続性みたいなところとはズレている。

しかし、大きなリニューアル(C→A)を一回やることことよりも、小さな改善を継続的に繰り返していくことのほうがトータルとして見たら、大きな成果につながるということも考えられるだろう。大きなリニューアルのために、大きな予算をかけて被験者テストを実施する(P→D)よりは、実際のサイト上で、そのサイトに訪れる実ユーザーでちょっとしたテストをして結果を見る方(PDCA)が、安上がりだし、実際のデータという意味では信頼できるのではないか。

(補足:ユーザーシナリオなどの被験者テストは、テストという時点で多少のバイアスが掛かっていることは間違いない。が、しかし、被験者テストが意味がないものかというと、そんなことはない。被験者へのインタビューなどを通じて、よりユーザーの行動や心理を深く探っていくことが可能だからだ。ユーザーの心理の深堀によって、違う潜在的なニーズや懸念がわかったり、発見を得ることも多い。実ユーザーでのテストでわかるのは、所詮行動の結果にすぎない。)

例えば、Amazon。ここ数年で、Amazonはずいぶんと変わってきてる。それはビジネスの展開上での変化だけではなく、商品詳細ページでの情報レイアウトや配置、おすすめ商品の紹介方法とか、細かいところを言い出せばキリがないぐらい変わってきている。でも、「大きいリニューアル」「全体リニューアル」みたいなことは、多分、ずっとやってない。
Amazonは、トラフィックの一部でABテストを実施したりして、そこで効果よかったものを全体に反映させて(PDCA)、というような細かいPDCAサイクルを回し続けている。そのサイクルの継続性が、通時的に見ると、ライバルとのすごい差となって現れてくるのだろう。共時的にはAmazonの変化はなかなか可視化しにくいし、可視化できても些末な一箇所だったり、部分的、限定的なものにすぎなことが多くて、よく分からない。が、通時的には大きな変化、差として現れてくる。Amazonと似てるといえば、Googleなんかもそうだ。一気に全部を変えるなんてことはしない。テストを繰り返しながらちょっとづつちょっとづつ変えていく。

すべてのサイトでAmazonやGoogleみたいなことができるわけでもないだろうし、そもそもこういうPDCAサイクルをまわして効果改善していくことが向かない特性のサイトだってある。でも、少なくも、サイトで何らかの直接的な成果を求めるサイトでは、こういう考え方やプロセスは、大リニューアルの時のようなリスク(そのサイトやサービスに慣れたユーザーから離脱されるというリスク等)も少ないので、非常に効果的だろうと思う。

「初期」や「大リニューアル」偏重でWebサイトマネジメントを行って行くことの問題は、まだある。
それは、大きいリニューアルをしても、その会社がその市場や業界のリーディングカンパニーであればあるほど、競合にすぐ真似されてしまう、ということだ。

イーバンク銀行のサイトを左右反転したら、三井住友銀行になった – Feel Like A Fallinstar

イーバンク銀行のトップページの情報配置が、SMBCのそれを左右反転してるだけ、という指摘があったけれど、この手の模倣というのはこの例に限らず少なくない。
オリジナルのサイトやページは、もしかすると何ヶ月も、ものすごいパワーをかけて、様々な意図やら試験やらを経て、ようやく辿り着いたものかもしれない。でもそんな努力の結晶は、いとも簡単にさっとさっと剽窃されてものすごく短く安価なコストで作られてしまう。大きいリニューアルなんてのは、たいていの場合、ライバルに差をつけたり、より顧客にニーズに広く深く対応したりというためにするんだろうけど、すぐ真似されてしまうと、全然差別化にならないかもしれない。

もちろん、Webサイトは、全体の構造や構成、それに企業のブランドやらユーザーニーズやら、いろいろな条件が複合的に絡まってるものだから、単純に特定ページのレイアウトや構造を似せたら、それでその会社と同じような効果や成果が生まれるというようなものではない。
まあ、とはゆえ真似される側はあまり気持ちよいものでもないだろうし、なんとなく自分たちがかけたコストや、そのコストに対して期待していたリターンの一部が、言い方は悪いけれど、パクられてる感じがしないでもないのではないか。

ほとんどのWeb制作会社は、クライアントの提案に、競合調査みたいなことをしていると思う。クライアントからも、あそこはどうなってるのか、と問われることも多い。そして、やはりその業界で先を走ってる会社やそのサイトは、目標となることは多い。(クライアントからも、あそこに似せてくれ、みたいなオーダーでくることも少なくないだろう)
本来は、そうではいけないのだろうけれど、そこがうまくいってる(ように思える)ならば、その良いところをうまく自サイトにも組み込みたいと思うのも自然なことだろう。

この時に、大きな変化や構造やら、設計のポイントやらみたいなところ、簡単に目につくところというのは、当然ながら、真似されやすいものだ。構造やら設計やら、コンテンツ内容やら見せ方やら、そういうものは真似しやすいのだ。

しかし、PDCAサイクルを真似るのは難しい

PDCAサイクルを回してることはわかったとしても、それがわかることと実践することは全然違う。ゼロからサイトを作ることや、フルリニューアルすることは、言ってしまえば、金さえあればなんとかなるのだろうけれど、PDCAサイクルを回していくという領域は、金だけあればなんとかなるというものでもない。

クライアントの中には、なんでテストにお金をかけなければならないだ、プロなら一番良いものを作るのが仕事だろと怒るところもあるかもしれない。また、細々とした小さな改善はあまり目立たないし、派手さもないので、Webサイトの改善にお金を使うこと=見栄えが変わること/デザインが変わること、と思い込んでるクライアント(そういうクライアントは意外と多い。そして、そういうクライアントに迎合する代理店も多い。)にはなかなか理解してもらい難い概念だったりする。

でも、いち早く気づいて、これに取り組んでいければ、そこは長期スパンで見れば、すごいアドバンテージを得ることになるだろうし、持続、継続できればできほど、その時間や期間も大きな差となるに違いない。

他社を出し抜く画期的で凄いサイトをどーんと立ち上げるのもいいが、他社も気づかないような改善を何度も何度も繰り返し、その結果、気づけば他社に圧倒的な差をつけていた、なんてのも凄くカッコいいことだと思うのだが。
このあたりの啓蒙活動というのもやっていかないといけないのだろうなと思っている。来年のうちの会社の大きいテーマの1つだ。

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PDSではなく、PDCAのほうが良い理由

当たり前のことに気づいた。

最近はアクセス解析やら分析やらが一種のブームみたいなところもあって、やたらと「PDCA」だとか「PDCAサイクル」みたいな言葉が溢れてるわけだけども、前々から、PDCAって、なんでPDCAなんだろうと思ってたんです。

DoとActionって同じじゃないの、とか。
PlanとCheckも同じような意味だな、とか。

だから、Check→Actionを一つにして、「Plan→Do→See」なんて言い方もされるんだろうけど、どっちかというと、このPlanDoSeeのほうが、MECEなんでいいんじゃないかと思っていたわけです。

でも、最近、はたと、なぜPDCAなのか、なぜPDSよりPDCAの方が良いのか、ということに気づいたわけです。

こんなことは皆とっくにというか、当たり前のように理解してることなのかもしれないけど、ボクは全然気づいてなかった。なんか新鮮だったので、恥ずかしげもなく晒してしまおうと思う。

それは、要するに、このP→D→C→A という一連のフローで、一つの単位なんだ
よ、ということ。それが大事なんだろということです。
(なんか最もらしいこと言ってますけど、むちゃくちゃ当たり前のこと言ってますね。スイマセン。)

例えば、Plan→Do→Seeの場合。
Webサイトの構築って業務にあてはめて考えてみたら、
仮説や設計やらして、Webサイト作って、その結果を見る。ここまでで1サイクルが終了となる。

もちろん、Seeから、次のPlanに進んで行くわけだけど、でも、Plan→Do→Seeだと、なんとなく、Seeの検証とかチェックとか、総括でもって1単位が終わっちゃう感じがする。あくまでも次のPlanは別サイクルで、それはもしかしたら最悪やらないこともあるかもしれない。

Plan→Do→Seeで終わって、なんとなく問題やら課題がわかって、なるほどなるほどと関心してそれで終わり。気持ちを新たにまた別のPlanが始まってしまう、みたいなことね。ここまで極端ではないにせよ、意外とそういうプロジェクトってあるんじゃないかと思うわけです。

一昔のWeb構築のプロジェクトなんか特にこういうのが多かったんじゃないかな。

大規模なサイト構築とかリニューアルで、一旦終了。その後、半年ぐらいたったら総括的な分析とか課題抽出する。だいたいこれが一区切り。そこで見つかった課題やらは、次のリニューアルの時の、つまり次の「Plan→Do→See」の「Plan」の材料にしましょう、ということで終わる。

でも、今はこれじゃダメなんでしょう。

1年とか2年とかに1回、大規模なリニューアルとか全取っ替えとかするという発想から、細かい検証→改善のサイクルを回していく運営やマネジメントに切り替えていかないといけないんじゃないでしょうか。

そういう発想だと、PDCAという言葉のほうが良いわけです。

「C→A」までやって1単位。これをサイクルとして回していく、ということで継続的な改善ができる。「PDCA」という言葉のほうがより明示的なんじゃないかと。

P:仮説やシナリオやらを立てる。
D:作業やら実装やら制作やら
C:観測したり、検証したり、分析したり
A:その結果を持って、手を入れる

この最後の「その結果を持って、手を入れる」という、ここまで実行して、1単位、1サイクルなんだよ、ということです。

改善のプロセスというのは、「C→A」というところまで遂行しないと、意味ない
んじゃないのという認識を共有するために、あえてPDCAとなってるわけですね。

と、考えると、自分が普段何気に、お客さんに「PDCAサイクルが重要です」とか、「PDCAサイクルを構築しましょう」と提案していることは、まだまだ浅いなぁと痛感したわけです。

PDCAと言いながら、「Plan→Do→See」の「See」で終わってることも多いなぁと。そこで予算切れとか。

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