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	<title>papativa.jp &#187; 映像・映画</title>
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	<description>メディア・マーケティング・マネジメント・文学</description>
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		<title>園子温監督「ヒミズ」</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Feb 2012 01:11:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yudemen</dc:creator>
				<category><![CDATA[映像・映画]]></category>

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		<description><![CDATA[あー、これは園子温版の「罪と罰」なのかもな、というのが最初の感想。原作ではそんなことはまったく考えなかったけど。もちろん、実際のところは「罪と罰」とは全然違う。けど、なんだろう。最後のスミダとチャザワさんとの掛け合いが、 &#8230; <a href="http://papativa.jp/archives/2316">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://papativa.jp/wp-content/uploads/2012/02/himizu.jpg" height="345" width="500" border="0" hspace="4" vspace="4" alt="ヒミズ" title="ヒミズ" /></p>
<p>あー、これは園子温版の「罪と罰」なのかもな、というのが最初の感想。原作ではそんなことはまったく考えなかったけど。もちろん、実際のところは「罪と罰」とは全然違う。けど、なんだろう。最後のスミダとチャザワさんとの掛け合いが、ラスコーリニコフとソーシャに被って見えてしまう。<br />
ラスコーリニコフが強い選民意識と屈折した倫理観に苛まれる青年なのに対して、スミダくんは正反対だ。自身を特別な存在にしたくないどこにでもいる普通の中学生なのだと思い込もうとしている。しかし、結局、彼の思惑と裏腹に、彼はどんどん特別、特殊・特別な状況へと追い込まれていく。<br />
一方、チャザワさんはスミダくんにボコボコに殴られたり、池に落とされたりと、相当ひどい仕打ちを受けながら、ひたすらつきまとう。序盤、スミダくんは、チャザワさんにとってある種の「救い」の人だからだ。しかし、最後ではその関係は逆転し、スミダがチャザワさんに赦される形になる。チャザワさんのこの大きい愛がスミダの心を開かせるのか。なんとなく、ソーニャっぽく感じるのはこのあたりか。</p>
<p>（以下、ネタバレあるので観る予定の人は読まないほうがいいよ）</p>
<p>「恋の罪」とか「冷たい熱帯魚」でもそうだったけど、園子温という人の映画には、ほんとに「雨」がよく出てくる。しかも、かなりねちっこい生理にじわっと来るような嫌な感じの「雨」だ。身体にまとわりついてベタつく雨。本作でも嫌というほど雨のシーンが登場する。全編通じて雨に濡れ、泥のまみれてる印象だ。<br />
文学にせよ、映画にせよ、雨とか嵐とかは、よく「再生」とか「刷新」とかの象徴として使われることが多い。そういう物語装置についての種明かし的なものには僕はまったく興味はないのだけれど、ストーリー構成、雨や嵐によって物語や登場人物に大きい変化がもたらされるというのは、よくある手法だ。しかし、園子温の「雨」は、そういう「再生」や「刷新」の装置というよりも、ひたすら登場人物たちの身体や精神をいじめていく「気持ち悪い」ものとして描かれる。雨や泥は抑圧そのものを現しているかのようだ。だから、劇中、スミダくんにせよ、チャザワさんにせよ、何度も何度も雨に濡れ、泥にまみれる。象徴的なのは、スミダくんが父親を殺してしまうシーンだろう。泥まみれになりながら、スミダくんは父親を泥の中に埋める。そして、スミダくんは身体についたその泥をしばらく落とそうとしない。実際、泥が落ちた後でも、泥の代わりに絵の具を全身に塗りたくり、彼の言う「世直し」徘徊に出かける。泥や絵の具はスミダくんの心を表現しているといえばベタすぎる解釈だろうか？　しかし、最後には、チャザワさんに赦されたスミダくんはすべてを洗い流すかのように、川に一歩一歩足を進めていく。スミダが何かを洗い落としたかのように川から戻ってくるからこそ、一瞬の開放感が生まれるし、そこに微かな希望が見えるのではないか。</p>
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		<title>最高に痛快な映画「キック・アス」</title>
		<link>http://papativa.jp/archives/2299</link>
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		<pubDate>Sun, 22 Jan 2012 07:49:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yudemen</dc:creator>
				<category><![CDATA[映像・映画]]></category>

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		<description><![CDATA[むちゃくちゃ面白かったよ。「キック・アス」。これだけ痛快な映画を見たのはいつ以来だろうかというぐらいに、とにかく気持ち良かった。 この馬鹿さ加減と痛快さ。下品でグロ要素も満タン。なのに後味もいいし爽快で気持ちいい。 頭吹 &#8230; <a href="http://papativa.jp/archives/2299">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://papativa.jp/wp-content/uploads/2012/01/kickus.jpg" height="308" width="450" border="0" hspace="4" vspace="4" alt="Kickus" /></p>
<p>むちゃくちゃ面白かったよ。「<a href="http://www.kick-ass.jp/index.html" target="_top">キック・アス</a>」。これだけ痛快な映画を見たのはいつ以来だろうかというぐらいに、とにかく気持ち良かった。<br />
この馬鹿さ加減と痛快さ。下品でグロ要素も満タン。なのに後味もいいし爽快で気持ちいい。</p>
<p>頭吹き飛んだり、足を切り落とされたり、様々な器具で公開リンチされたり、直截的な殺戮の描写も多く、生理的に受け付けない人もいるかもしれない。でも、この作品が単なるグロとか下品な映画にならないのは、アメコミヒーローに憧れを抱くオタク主人公の馬鹿さぶりと、キック・アスのコスチュームの外し方とノーテンキさ。</p>
<p><img src="http://papativa.jp/wp-content/uploads/2012/01/hitgirl.jpg" height="302" width="450" border="0" hspace="4" vspace="4" alt="Hitgirl" /></p>
<p>そして、なんといってもヒットガール。彼女の存在が、この映画の爽快なムードを決定的なものにしてると思う。</p>
<p>ヒットガールは父ビックダディに英才教育を受けた生粋の殺し屋だ。父が放つピストルの弾を防弾チョッキで受け止める訓練を受け、誕生日プレゼントには「バタフライナイフ」をおねだりする。あらゆる武器を使いこなし、とてつもない身体能力を誇る彼女。普段はどこにでもいそうな11歳の少女がだが、ヒットガールに変身するや、史上最強の殺し屋、殺人兵器へと生まれ変わる。<br />
クライマックス。敵の要塞に乗り込み、飛んだり跳ねたり、圧倒的なスピードと華麗なる武器裁きで、次々と敵を倒していく様には、思わずカッコいい！と声を上げずにはいられなかった。これだけキュートでカッコいい殺し屋がかつていただろうか。キルビルのGOGO夕張なんて目じゃない。ヒットガールの頑張り見てたら、なぜかわからないけど泣きそうになる。それぐらい圧倒的。アクションが多い映画って疲れるのでそんなに好きではないのだけれど、この映画はお薦め。</p>
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		<title>友だちのうちはどこ?（アッバス・キアロスタミ）</title>
		<link>http://papativa.jp/archives/2256</link>
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		<pubDate>Sat, 29 Oct 2011 11:00:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yudemen</dc:creator>
				<category><![CDATA[映像・映画]]></category>

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		<description><![CDATA[　先週は「第二回 午前十時の映画祭　何度見てもすごい50本」で、アッバス・キアロスタミの「友だちのうちはどこ?」を観た。この映画を観るのはもうなんやかんやと20年ぶりぐらいになる。キアロスタミの映画を初めて観たのは大学の &#8230; <a href="http://papativa.jp/archives/2256">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005NS2S/papativajp-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/21VRDHAFFPL._SL160_.jpg" alt="B00005NS2S" align="left" Hspace="15" Vspace="5" border="0" /></a>　先週は「<a href="http://asa10.eiga.com/">第二回 午前十時の映画祭　何度見てもすごい50本</a>」で、アッバス・キアロスタミの「友だちのうちはどこ?」を観た。この映画を観るのはもうなんやかんやと20年ぶりぐらいになる。キアロスタミの映画を初めて観たのは大学の頃でこの映画が最初だった。日本での公開が1993年。当時ボクは映画サークルにいたが、この映画はけっこう話題になった。イラン映画自体をほとんど知らなかったということもあり、そのタッチや手法もすごく新鮮に写ったのだ。</p>
<p>ちなみに、wikipediaを見ると「<strong>アッバス</strong>・キアロスタミ」となっていたが、ボクはずっと「<strong>アッバロ</strong>・キアロスタミ」だと思っていた。当時は確か「<strong>アッバロ</strong>・キアロスタミ」というような表記のされ方で紹介されていたと思うのだが…<br />
関係ないが、しかし、Amazonで中古のDVDが2万円超えだ、、、、　確かに大傑作だと思うけれど、うーむ。再販されないんだろうか。このへんの権利関係はよくわからんが、ほんとに人気の素晴らしい作品の多くが廃盤になってて、物凄い値段で中古市場で流通してたりする。コンテンツ自体はどんな形にせよ、流通させられる方法がないだろうか。</p>
<p>ストーリーは極めて単純だ。友達のノートを間違えて持って帰ってきてしまった主人公が、ノートを返しに行くという話だ。それだけなのになんでこんなに面白いのだろうか。こういう映画を見ると、いかに「ストーリー」が映画においてはほんの１要素に過ぎないということがよくわかる。<br />
映画はドキュメンタリータッチで撮られており、その家での生活や親と子の関係、大人と子供などが非常に生々しく描かれる。下手な演出や編集をしない演出が、一層、子供たちや生活、そしてこの映画を成立させる世界のリアリティを生み出す。<br />
是枝さんなんかも同じような手法を使うが、こういうのって一体どうやって撮影してるのか、演出してるのかといつも不思議に思う。自由にやらせておけば、こうなるのか？　そんなもんでもあるまい。</p>
<p>この映画で描かれる「大人」はえらく不条理に思えるけれども、これはイランの社会がそういうものなのだろうか。子供が懸命に友達にノートを返しに行かなければならないということを訴えても全く聞く耳を持たない母親や、勝手にノートの１ページを破って去っていく男やら、自ら案内を勝手出て、大丈夫だと言いながら、ほとんど足手まといにしかならない物知りのおじいさん、タバコを持ってるにも関わらずしつけのためと孫にタバコを取りにいかせる祖父。<br />
ノートを届けないと宿題ができなくて友達が退学になってしまうという心配と不安を抱える主人公に対して、そんな主人公の気持ちなどもお構いなしに、子供を取り囲む「大人」たちは皆、勝手で理不尽だ。</p>
<p>この対比が実は絶妙なのだろうと思う。そう、映画を観る人たちも、子供の心配や不安が「たいしたものではない」ということはよくわかっている。そりゃ、子供たちにとっては先生に怒られるというのは一大事なのかもしれない。しかし、たかだが宿題をノートに書いてこないということぐらい「大人」のパースペクティブからしたら取るたらない些細なものだ。だから「大人」には「子供」の不安や心配などはわからない。「大人」は「大人」の世界の価値観で普通に行動しているだけなのだ。しかし、カメラは、そんな大人の「普通」に困り、苦しむ「子供」の表情を淡々と捉える。そこで観る人は気付かされる。自分がこの映画の大人たちと同じような理不尽で、子供の言うことを聞かない、聞けない大人になってしまっているのではないかということに。</p>
<p>余談だけれど、キアロスタミの新作はなんと日本で撮影される。しかも監督以外、キャストも含めてすべて日本人。つまり、これはキアロスタミが撮る「日本映画」だ。タイトルは「THE END」。この映画を作るための資金集めが、motion galleryというサイトで行われていた。目標金額は500万円だったが、無事達成している。<br />
<a href="http://motion-gallery.net/projects/1">カンヌ映画祭・ベネツィア映画祭を制覇した巨匠キアロスタミが、新作『THE END』を日本で撮る！| motion gallery</a><br />
もちろん、ボクも妻も大ファンなので、少額だけれどもチケットは購入させてもらった。今から作品の公開が楽しみでならない。</p>
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		<title>「コクリコ坂から」はとてもハッピーな映画</title>
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		<pubDate>Sun, 31 Jul 2011 15:03:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yudemen</dc:creator>
				<category><![CDATA[日記]]></category>
		<category><![CDATA[映像・映画]]></category>

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		<description><![CDATA[　「コクリコ坂から」を観てきた。映画館でジブリ作品を観るのは本当に久しぶりだったけれども、いやぁ感動した。思い立ってふと観に行ったけれど、ほんと観て良かった。たぶん、DVDも買うし、出来ればもう一回映画館に観に行きたいぐ &#8230; <a href="http://papativa.jp/archives/2200">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://papativa.jp/wp-content/uploads/2011/07/%E3%82%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B3%E5%9D%82%E3%81%8B%E3%82%89%EF%BC%882011-07-31-23.17.39%EF%BC%89.jpg" align="left" height="396" width="323" border="0" hspace="4" vspace="4" alt="スクリーンショット（2011-07-31 23.17.39）" />　「<a href="http://kokurikozaka.jp/" target="_top">コクリコ坂から</a>」を観てきた。映画館でジブリ作品を観るのは本当に久しぶりだったけれども、いやぁ感動した。思い立ってふと観に行ったけれど、ほんと観て良かった。たぶん、DVDも買うし、出来ればもう一回映画館に観に行きたいぐらい。</p>
<p>一緒に観に行った妻と、傑作すぎるだろ、ということで同意し、これはと、普段は手にしないパンフレットと、映画の原作のコミック本まで買ってしまった。とにかく良い映画、色々な愉しみ方が出来る映画だ。古き良き時代の日本や日本人の姿にノスタルジーを馳せるのも良ければ、今時映画でしか見られないような、なんとも模範的な少女と少年のまっすぐな恋に焦がれてもいいだろう。</p>
<p>恋と俊の関係に、「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005R5J9/papativajp-22/" target="_blank">耳をすませば</a>」を思い起こす人もいるだろう。ボクの場合で言うと、「耳をすませば」の方には、直視していらないぐらいの気恥ずかしさみたいなものを感じたし、そのあまりにも理想的すぎる性格やら二人の関係やら強い意志やらに、なぜか自分に振り返って考えて惨めになってしまうというか、悔しさみたいなものを感じたのだけれども、この映画で感じたのはそういうものとは全く違う感覚だった。それは、自分が単に歳をとったというだけなのかもしれないけれども、海や俊の恋は、純粋に応援したくなったのだ。映画の中の理事長みたいな感覚か。だから、中盤で二人の秘密が明らかになった時、ボクも二人と同じようにとてもがっかりした。ひどい話もあるもんだ、と、なんとかならんもんかいなと色々思案を巡らせたぐらいだ。<br />
（ネタバレあるよ）</p>
<p>ふとしたことから、実の兄妹だということを知ってしまった二人。兄妹でなければ、これからバラ色の恋愛生活、学園生活が待っていただろうに、なんたる不幸。その二人の悔しさや辛さ。しかし、このストーリー展開って、実に俗っぽいというか、下手なメロドラマみたいな安っぽい設定だ。今時、そんなベタな設定が&#8230;.とツッコミたくなるぐらいベタなのだけど、この映画が成功しているのは、この最も扱いの難しい設定のところを劇的に盛り上げないようにしたところではないか。下手にひっぱりすぎず、またかといって蔑ろにもしない。<br />
並行して、男子学生の部活動や研究活動などの巣窟である「カルチェラタン」の存続を賭けての集会や大掃除、理事長への説得というところとのユーモラスさというか、前向きさというか、こちらの筋とのバランスが絶妙だ。この対比があるから、なおさら、理事長への直談判の帰りに、海が自身の解釈とそれでも好きだということを俊に訴えるあのシーンにはぐっと来るものがあるんだろう。そこからの展開もそんなうまく行くのってぐらい、うまく行きすぎていくんだけれども、その疾走感は実に爽快だ。うむ。やっぱり映画はハッピーエンドでなければ。</p>
<p>また、この映画の魅力は、この時代の日本の姿や、映画に登場する今はもうすっかり見ることはなくなってしまった様々なな道具やその道具を使う人々の所作だ。（という意味では、「ALWAYS 三丁目の夕日」とかが醸しだすものとも近いのかもしれない）<br />
海たちが暮らす海を見下ろす山沿いの高台に立つ洋館や、学生会館のカルチェラタン、多くの人が行き交い、活気を見せる下町の商店街。この映画に出てくるあらゆるモチーフが好きだ。冒頭シーンでの、朝起きてから釜に火を入れたり、花瓶の水を換えたり、目玉焼きを作ったり、旗を上げたりという一連のシーン、ここだけで一気にボクは映画に引きこまれてしまった。このシーンで、この海という女の子がこういう暮らしを毎日当たり前のように続けている、毎日の生活を細かいところまで手を抜かずにきちんとやっているのだな、ということがわかる。映画全体が持つトーンがこの冒頭で決定的になっていて、ほぼこのシークエンスだけど、あぁこの映画はボクにとっていい映画になるに違いないと確信できたぐらいだ。</p>
<p>なぜ、今、宮崎親子は、1963年という時代を映画の舞台としたのだろうか。<br />
カルチェラタンの取り壊しへの反対集会に、俊が口上をかます。</p>
<blockquote><p>古くなったから壊すというなら<br />
君たちの頭こそ打ち砕け！<br />
古いものを壊すということは<br />
過去の記憶を捨てることと同じじゃないのか！？<br />
人が生きて死んでいった記憶を<br />
ないがしろにするということじゃないのか！？<br />
新しいものばかりに飛びついて<br />
歴史を顧みない君たちに未来などあるか！！<br />
少数者の意見を聞こうとしない君たちに<br />
民主主義を語る資格はない！！</p></blockquote>
<p>脚本が父宮崎駿だが、このへんの主張には、いかにも宮崎駿らしさを感じる。たぶん、俊の若さや真っ直ぐさ、素直さに、自身の思いを語らせたのではないかと思う。この時代の人々や暮らしの中に、今の僕たちが忘れてしまった何か重要なものがあるんではないか、ということを考えさせてかったのではないだろうか。</p>
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		<item>
		<title>最近DVDで観た映画数本</title>
		<link>http://papativa.jp/archives/2198</link>
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		<pubDate>Sun, 24 Jul 2011 11:53:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yudemen</dc:creator>
				<category><![CDATA[日記]]></category>
		<category><![CDATA[映像・映画]]></category>

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		<description><![CDATA[ここ何回か毎週、西院のTSUTAYAで大量にCDやDVDを借りてきて、翌週返しに行くというのが続いてる。CDはとりあえずiTunesに取り込めばいいけど、映画の場合はそうも行かない。借りる時は平日の夜でも何本かは観られる &#8230; <a href="http://papativa.jp/archives/2198">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ここ何回か毎週、西院のTSUTAYAで大量にCDやDVDを借りてきて、翌週返しに行くというのが続いてる。CDはとりあえずiTunesに取り込めばいいけど、映画の場合はそうも行かない。借りる時は平日の夜でも何本かは観られるだろうと思いつつ借りるのだが、なんだかんだと平日はそんな時間は確保できず、結局、金曜日の夜か土曜日にまとめて一気に見るという習慣になっている。ただ、観た映画はどれもこれもけっこう面白いものばかりなので備忘録も兼ねて紹介しておこうと思う。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001LNNFC/papativajp-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/217KPMSNV5L._SL160_.jpg" alt="B0001LNNFC" align="left" Hspace="15" Vspace="5" border="0" /></a>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001LNNFC/papativajp-22/" target="_blank">マグダレンの祈り</a>」（監督：ピーター・マラン）<br />
アイルランドのマグダレン修道院を舞台とした実際の話の映画化らしい。こんなことが実際に行われていたかと思うと、ぞっとするが、実はそんな昔の話でもなく、マグダレン修道院自体は1996年まで存在したとか。理不尽な理由で修道院に送り込まれた３人の女性を中心に、修道院のおぞましい光景を描いている。修道院での不条理な規律や、その差別的な扱いなど、目を背けたくなるシーンが続き、だんだんと気分が悪くなってくる。なかなかヘビーな映画だ。そういう現実があり、そういう境遇に何年も苦しめられた女性たちが実在したということにただ驚く。<br />
<br clear="all"/></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0002XG8KQ/papativajp-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51WK4BGFSDL._SL160_.jpg" alt="B0002XG8KQ" align="left" Hspace="15" Vspace="5" border="0" /></a>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0002XG8KQ/papativajp-22/" target="_blank">エレファント</a>」（監督：ガス・ヴァン・サント）<br />
なんだかんだと、この人の映画はけっこう観ていて、どれもけっこうそれなりに心に響く。でも、どれも優等生的というか、無難な作りで失敗しようがない映画作りがうまい感じがしていた。でも、この作品はちょっと違う。ある意味野心的な作品というか。大失敗する可能性もあった、一種の賭けにでた作品とでもいうべきか。<br />
1999年4月20日にコロラド州で起きた、コロンバイン高校銃乱射事件をテーマにした作品だ。題材があまりにも劇的すぎるので、盛り上げようと思えばいくらでも盛り上げられそうだが、映画はその真逆を行き、淡々とある高校での１日を色々な高校生の視点から描く。そこにあるのはどこの国のどこの学校にでもありそうな日常の風景だ。クラブ活動に勤しむ者がいれば、いじじめを受けるものがいる。女友達同士の微妙な関係があり、くだらない会話がある。<br />
それぞれの風景をカメラは決して、その内実にまで迫ろうとはせず、あくまでも「風景」として捉え続ける。人々は構内を歩き、様々な場所に行き、さまざまな場所に集う。人々の移動をカメラはたんたんと背面から捉え、いくつかのシーンで時間と空間が交差し、様々な人達やグループが、同じ学校という空間、同じ時間に共存しているという様を描く。</p>
<p>映画では、事件の最も悲劇的なところをドラマチックに演出したり、犯行を犯した少年たちの内面や心情に迫ろうとはしない。ある事象を背後から周辺からただ捉えるだけだ。こんな陰惨な事件を起こした犯人たちだ、さぞかし深い闇を抱えているのではないかと勘ぐってしまうが、犯人たちも犯行を犯す前までは、どこにでもいる普通の高校生として描かれる。そこには何の暗さも、深い憎しみもない。確かに、犯人は学校でいじめを受けてはいた。しかし、そのこととと、この事件の大きさとはあまりにも程度が違いすぎる。その程度の違いが犯人たちにはわからない。その不条理さこそが、若者たちの抱えてる最も大きな問題であり、闇なのではないか。<br clear="all"/></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B004MMETOK/papativajp-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51CeWldjIzL._SL160_.jpg" alt="B004MMETOK" align="left" Hspace="15" Vspace="5" border="0" /></a>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B004MMETOK/papativajp-22/" target="_blank">ペルシャ猫を誰も知らない</a>」（監督：バフマン・ゴバディ）<br />
妻が映画館で観て、ものすごくハマった映画。サントラも買ってよく聴いている。<br />
映画は、ロックやポップミュージックなどの規制が激しいイランを舞台に、そんな国で音楽を志す若者たちの姿を描いている。警察などの取締に終われて、練習場所を転々と移動せざるをえないバンド。牛小屋で練習するハードロックバンド。厳しい規制にも負けず、好きなものに取り組む若者たち。<br />
実際の撮影の大部分はゲリラ的に行われたそうで、まさに撮影そのものも、この映画の主人公たちと同じように命がけだったようだ。その凄みは映画から溢れでている。こういう映画を観ると、ボクたちが何気なく享受できてるこの環境や状況が、いかに恵まれてるのかということを思い知らされる。そして、何かにここまで心を込めて、あるいは人生を賭けて挑むということが果たしてあったろうか、ということを考えさせられる。<br clear="all"/></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005FPTS/papativajp-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51BEGEECZEL._SL160_.jpg" alt="B00005FPTS" align="left" Hspace="15" Vspace="5" border="0" /></a>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005FPTS/papativajp-22/" target="_blank">出発</a>」（監督：イエジー・スコリモフスキ）<br />
ヌーヴェルヴァーグ映画ではお馴染みのジャン＝ピエール・レオが主演してる。妻が「アンナと過ごした4日間」を観て、スコリモフスキに興味を抱き、借りてきた作品だ。ボクは一作も観てない。初めてのスコリモフスキ作品。<br />
主人公の青年の「車キチガイ」ぶりと、素直に恋を打ち明けられない不器用さぶり。映画全体にみなぎる疾走感と虚しさみたいなものが、そのまま「青春」という言葉を感じさせる。<br />
映画の背景はあまり知らずに観たのだけれど、第一印象は、あー、すごくヌーヴェルヴァーグっぽい映画だということ。荒削りな感じや、適当さ、そして映画らしさみたいなものへの反抗心、ボクがヌーヴェルヴァーグ映画を観て感じるものが、この映画にはあって、最近久しくこの手の映画を観ていなかったので少し懐かしく思えた。でも、後で調べると1967年の作品なので、もうヌーヴェルヴァーグも後半というか終盤、その影響力が薄れきた頃の作品だったようだ。<br />
こういう映画はある程度、歳を重ねてから観たほうが色々と感じるものがあるんだろうなと思う。<br clear="all"/></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HARN/papativajp-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/2160K1BN3EL._SL160_.jpg" alt="B00005HARN" align="left" Hspace="15" Vspace="5" border="0" /></a><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HARO/papativajp-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/512HVK6BW6L._SL160_.jpg" alt="B00005HARO" align="left" Hspace="15" Vspace="5" border="0" /></a>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HARN/papativajp-22/" target="_blank">ミツバチのささやき</a>」と「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HARO/papativajp-22/" target="_blank">エル・スール</a>」。どちらも孤高の映像詩人ビクトル・エリセの作品だ。とにかく素晴らしい。大傑作だと思う。どのシーンを切り取っても全く無駄なものがない。それがエリセが、映像詩人と呼ばれる所以だろう。<br />
ミツバチのささやきの、あの荒野のくたびれた感じや、そこを懸命に掛けて行く少女のバックショットなど、詩的な映像がいくつも心に響く。どちらの作品もたいしたドラマ性も観るものを惹きつけて離さないようなストーリー展開があるわけでもないけれども、観る人を映像から引き離さない強烈な引力を持っている。<br />
とにかく観たことない人は観るべきだと思う。<br clear="all"/></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002M7OHWG/papativajp-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51kKh4VZb7L._SL160_.jpg" alt="B002M7OHWG" align="left" Hspace="15" Vspace="5" border="0" /></a>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002M7OHWG/papativajp-22/" target="_blank">ブリキの太鼓</a>」（監督：フォルカー・シュレンドルフ）<br />
ノーベル賞作家ギュンター・グラスの長編小説を映画化したものだ。ボクはグラスの小説を読んだことはないのだけれど、この映画は好きだ。この映画の何が好きかと問われると答えに窮してしまうのだけれど、あえて言うとすると、「気持ち悪さ」というところに尽きるかもしれない。この映画を観たのは今回で２回目だけれども、前回観たのは、大学の頃なので、もうかれこれ２０年前のことだ。それでも、当時観たときに感じた生理的な気持ち悪さ、気分の悪さみたいなものは痛烈に記憶に残っていた。今回見なおしてみたけれども、やっぱりその気分の悪さ、気持ちの悪さというのはそのままだった。<br />
とにかく気持ち悪い。映画は全編を通じて、人間のいやらしいところ、醜いところがあらゆる場面で繰り広げられる。物語は、三歳で成長を自ら止めたオスカル少年の目を通じて語られるのだが、このオスカル少年がまた輪をかけるように、いやらしい子供なのだ。なにせ、自ら成長を止め、子供の身体のままでいることを選んだ少年だ。子供であることを武器に、家にきた女中を犯したり、実の父を死に追いやったりと、このオスカルこそが、実は一番いやらしく、悪意に満ちているのかもしれない。</p>
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