Category Archives: 雑記・備忘録

CONTAX TVS DIGITALを手に入れた

suburbiaと、たまたま御池で遭遇したときに、彼が首から下げてたコンパクトカメラがすごく良かった。それはCONTAX T2で、suburbiaの最近の写真もすごーくオシャレな感じでいいなと思ってたのだ。

無性に気になりはじめて、CONTAXのコンパクトカメラについて調べてみたら、
CONTAX TVS DIGITALというコンパクトデジタルカメラがあって、このカメラが未だに根強い人気を誇っているということを知った。フィルムの味わいもいいのだけど、やっぱり物ぐさなボクにはデジタルの便利さ、楽さには勝てない。

この記事からもわかる通り、2003年2月の発売されているのでもう7年も前の機種ということになる。当時の価格で9万9800円。いわゆる高級コンパクトデジタルカメラの先駆けといったところなんだろうか。
フィルムカメラなら10年、20年前のカメラだろうが、現役でばりばり活躍しているのはよくあることだけれど、デジタルカメラの場合は、ここ数年で飛躍的な進歩を遂げたわけで、3年、4年程度前のカメラでさえも、今の携帯電話に付くカメラにも劣るんじゃないかというぐらいでなかなか古いものに手を出すというのは躊躇われる。

でも、CONTAX TVS DIGITALについては、未だにその自然な色合いやらコントラストを評価する声は多く、中古でも美品はかなりの高値で取引されている。カールツアイスレンズ神話などもあって、カメラファンには贔屓目に見られているのだとは思うけれど、実際、ウェブなどにあがってる写真を見ても、最新のカメラともそんなに遜色ないんじゃないのというぐらい自然なすばらしい写真が多くて欲しくなった。単純にそのナチュラルさが自分好みというだけなのだが。

ヤフオクで探してたら、ほぼ新品のような品が出品されていたので、思い切って落札してみた。やはり人気商品で最後に相当の入札合戦に陥って、最新のコンパクトデジタルカメラを十分買えてしまうぐらいの額になってしまった。もうすぐ誕生日だしという理由をつけて落札してけれど、さすがにもう少し出せばDP2とかも買えたかと思うと、アホなことしてしまったんじゃないかと若干の後悔もあった。でも、実際の品が届いたらそんなことも忘れてやはり嬉しい。届いた品はほぼ新品かと思うような状態で、マニュアルやら付属品やらも全部買った当時のまま梱包されていたし、本体にも傷ひとつない。

さて、まだいまいち操作も理解していないところもあるのだけれど、久々に天気もよく暖かかったのでいつもの鴨川に繰り出して、撮ってみた。何枚か撮ってみた感じでは、確かに多くの人が言うように、色の再現性はすごく自然だと思う。
最近のデジカメによくある彩度高め、コントラスト高めといった感じではない。できるかぎり自然の光や色を再現しようとしているようだ。もちろん最新のデジカメが持ってるような解像感は期待できないけれど、全体としてのバランスが良いのであまり気にならない。トイカメラのようなチープさでもなく、最新カメラのカリッとシャープな仕上がりでもなく、良い意味でも悪い意味でも「自然」。でも、なかなかこの「自然」というのは難しいものなのではないかとも思う。
腕の問題があるので、このすばらしいレンズの持ち味を十分に生かしきれてるかというとたぶん全然駄目なのだろうけど、そのへんは多めに見て欲しい。(桜とか難しいすぎる)

桜 CONTAX TVS DIGITAL

桜 CONTAX TVS DIGITAL

ブラッククローバー 桜 CONTAX TVS DIGITAL

と、しかしさすがに7年前のカメラだけあって、操作感はそうとうもっさい感じがする。1枚シャッター切ったら、次までは5秒ぐらいまたされるし、露出やらISOやらの変更ボタンの操作性も悪い。同時にリコーのGRD2を持って散歩に行くと、いかにGRD2がキビキビ動いてくれるかがよくわかるし、操作性もすごくいいんだということを改めて意識させてくれる。
それでもいい絵が一枚でも撮れるならボクはそれで十分満足だ。もうサポート期間も切れているようで壊れたら修理するのは難しそうだ。大切に使っていきたい。

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言葉の力/言葉を変えれば人生が変わる

心が変われば態度が変わる
態度が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる

この言葉の原典は誰なんだろう? 
ヒンドゥー教の教えだと書いてるサイトもあった。

誰の言葉でもいのだけど、良い言葉だな思ってメモしてた。でも、よくよく考えると、いきなり「心が変れば」というのは壁が高すぎる気がする。
「心を変えろ」と言われたって、どう変えたらいいのかなんてイメージ出来ないんじゃないだろうか。そこが一番難しいんではないか。

そんなとき、このページの文章に出会った。
口ぐせから老化する

人間の脳は、信じていることを実現させるように働くことが分かったのですが、そもそも「信じている」とはどういうことかというと、「口に出していること」こそが「信じていること」なのです。

人間の言語機能の発達から考えると、言葉が生まれたのが先であり、その言葉によって「意識」が生まれたのです。言語のもともとの目的はコミュニケーションだったかもしれませんが、それを口にすることで、その言葉の意味が脳に記憶されていきます。

そして、記憶と照らし合わせながら、言葉を繰り返していくうちに、言語の組み合わせができていき、それが意識の元になったのです。ですから、言葉に出している内容というのは、その人が考えていることに他なりません。意識は言葉によってつくられ、言葉に出したことでさらに意識が確固たるものになっていくという循環があるのです。

 言うまでもなく、優しい言葉を使っているときは、誰しも優しい表情になります。それは、優しい言葉によって、意識が優しいものになったからです。そして重要なのは、そうした言葉が口ぐせという習慣になって5年、10年と定着していくと、意識もまた定着していくということです。優しい言葉をよく使う人は表情が柔和になっていきます。厳しい言葉ばかり使う人が見るからに頑固な顔をしているのは、誰しも思い当たることでしょう。

このコラム自体が科学的にどうかはわからないけれど、ボクはひとまずこの考え方を信じることにした。信じるほうが楽そうだし、愉しいそうだ。

心を変えるためには、まず口に出す言葉を変える。

ここから入るほうがシンプルだし、これなら自分でもなんとかできそうだ。

言葉の使い方を変える、用いる単語を変える、言葉遣いに気をつける。

なんでもいいんだけど、とにかく未来を志向するような前向きな言葉を使うようにすること、マイナスの言葉や暗い言葉はできるかぎり使わないようにすること。
ただ、それだけ。「心を変える」よりはよっぽど簡単だと思う。

誰かは、言葉は人にとってのOSみたいなものだ、というようなことを言ってた。
人は言葉というOSの上で思考や理解や行動を実行する。OSの性能がその人の能力に大きな影響を及ぼす。もちろんOSはバージョンアップが可能だ。バージョンアップすれば、そこで実行できることも増えるかもしれない。言葉の使い方を変えることや、言葉に注意するというのは、つまりOSをバージョンアップするということなんだろう。

マイナスの言葉ばかり使う、悲観的なことばかり口にする、愚痴や不平、不満を撒き散らし、同調してくれる人を見つける。そういう後ろ向きの言葉ばかり使ってる人にはなかなか幸せは訪れないんじゃないだろうか。

そもそも訪れてても気づかなかったりするんじゃないかと思うのだ。
そういう言葉を使うことになれている人は、そのように世界や物事を捉えるからだ。
人は関心のあることを優先的に拾い上げて意識したり認知したりするから「悲観的」な世界観に支配されていれば、拾い上げられる事象もそちらに偏ってしまうから。

何か課題や問題に遭遇したときに「どうして~」「なぜ~」と理由や原因を探す過去に向かう言葉を発するか、「どのようにしたら~」「どうやって~」と未来へとその課題や問題を解決しようという方向の言葉を使うのとでは、同じ問題への取り組み方も全然違ってしまう。
「どうして~」「なぜ~」が駄目というわけではない。原因や理由を追究し、そこから未来の改善策を作っていくという使い方だってある。でも、常に「どうして~」「なぜ~」にしか意識が向かなければ、未来への改善は滞ってしまうだろう。
セットで「どのようにしたら~」や「どうやって~」というような言葉も発していけるように意識したほうが良いのではないか。

こういうことを言うと、そんなの迷信だとか、そもそも先のヒンドゥーの教えを説いてるノムさん自身が愚痴や不平不満ばかり口にしてるじゃないか、と突っ込む人もいるだろう。

でも、こういう反論はどんなものにだってできるし、こんなものに科学的な根拠だとかがあるわけでもないだろう。ただそういうものだということを信じるのか信じないのかだけの話で、ボクはひとまず、そういう世界観を信じていこうと思っている。

と、言いながらじゃぁ、これがボク自身できてるかというと全然できてない。
むしろ周りの誰よりも駄目な言葉の使い方をしてしまってたりする。
まず、自分が無意識に使ってしまっているマイナスの言葉をピックアップしてみて、それを意識してもようと思う。

いつも通り、このエントリーは自戒の意味も込めてるし、むしろ、こうやってブログで公言することによって、ボクが駄目な言葉を使ったときに、周りから窘めらてもらおうという魂胆だ。(「自戒の意味を込めて~」って言葉も免罪符みたいになってるんで、使いすぎてると何の意味もなくなってしまうので気をつけないといけない)

新年度の始まり、第二創業。
ボクは言葉の力を信じていきたいと思う。

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高橋源一郎さんがtwitterしてたのね

高橋源一郎さんがtwitterを始めたそうだ。
http://twitter.com/takagengen
最近、偽物が多いんでどうかなと思ったけど、多分、本人っぽい。もともと非公開でやってたのを再登録しなおして実名で再開とのこと。
これはすごく楽しみだ。

見たら島田雅彦さんっぽいアカウントも。
http://twitter.com/SdaMhiko
島田雅彦がフォローしている人の最初が高橋源一郎で、次が平野啓一郎というのもそれっぽい。

他、こんな人たちもtwitterやってたのね。

平野啓一郎さん
http://twitter.com/takagengen

橋本麻里さん
http://twitter.com/hashimoto_tokyo

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PDCAサイクルの話の続き。WebソリューションとPDCA。

PDSじゃなくて、PDCAのほうが良い理由」というエントリーを書いたけど、この話をしたらある人から、ダイレクトマーケティングの世界なら、この「Plan→Do」がスプリットランテストで、「Chekc→Action」がそのテスト結果を踏まえた本番実行になるんだよ、というようなことを教えてもらった。

なるほどなるほど。これも重要な考え方かもしれない。つまり、PDCAは、本番前、大々的な実行の前に、ちゃんとテストしなきゃダメですよ、ということを意味しているわけだ。

ダイレクトレスポンス型の広告とかだと、「スプリットラン→本番」みたいなことは、それこそワンダーマンの時代から行えれている伝統的なプロセスだろうし、ネット広告チャンネルならば、さらにこういうプロセスを簡単に安く実行できるわけで、こういう概念は広告主側にも比較的受け入れられているように思える。(僕がお付き合いさせてもらってる代理店さんとかだと、普通にやってるけど、実際はそんなことないのかもしれない)

でも、Web制作とか構築みたいな領域では、まだまだ、こういう考え方は入り込んでいないだろうと思う。
それはクライアント側もそうだし、それをお手伝いさせてもらってる僕らのようなWebソリューション会社でも案外そうなんじゃないだろうか。

昨今の不況などもあって、大規模リニューアルにドンとお金をかけていく、みたいなのは少なくなってきているかとは思うけど、それでもやはりWebサイトソリューション分野における「効果改善」「最適化」の予算の中心は、「初期構築」「フルリニューアル」の中にある。
補足すると、「運営」だとか「運用」の予算も、トータルすると「初期」を超えるということは多々ある。が、その「運営や「運用」の予算というのは、たいていの場合、必要なコンテンツの更新やら追加やら、プロモーションやらといったところの予算であり、Webサイトの効果を高めていくことや、成果を高めるための改善みたいなところに掛けられる予算はまだまだ非常に限定的だろうし少ない。そういう意味で、「効果改善」「最適化」の予算の大部分は、「初期」や「全体リニューアル」にあるという意味だ。

1回のプロジェクトで可能な限り多くの課題や問題に取り組み、それらの解消を目指す。必然的にプロジェクトの規模は大きくなる。リスクを減らすために、事前の調査やスルーテストなどを何度も繰り返し精度を高めていく。
そうやって出来上がったサイトは1~2年ぐらい使われて、また、次に作り直すときは、ゼロベースで設計しなおす。この手のWebサイトマネジメントは一般的だと思う。先のPDCAの概念から考えると、すごいパワーや予算、期間をかけて「C→A」をやっていて、この「C」のところで、被験者テストやらスルーテストみたいなものを通じて「P→D」をやるみたいなイメージだろうか。これはPDCAとは違う。PDCAという言葉が持つ、継続性だとか持続性みたいなところとはズレている。

しかし、大きなリニューアル(C→A)を一回やることことよりも、小さな改善を継続的に繰り返していくことのほうがトータルとして見たら、大きな成果につながるということも考えられるだろう。大きなリニューアルのために、大きな予算をかけて被験者テストを実施する(P→D)よりは、実際のサイト上で、そのサイトに訪れる実ユーザーでちょっとしたテストをして結果を見る方(PDCA)が、安上がりだし、実際のデータという意味では信頼できるのではないか。

(補足:ユーザーシナリオなどの被験者テストは、テストという時点で多少のバイアスが掛かっていることは間違いない。が、しかし、被験者テストが意味がないものかというと、そんなことはない。被験者へのインタビューなどを通じて、よりユーザーの行動や心理を深く探っていくことが可能だからだ。ユーザーの心理の深堀によって、違う潜在的なニーズや懸念がわかったり、発見を得ることも多い。実ユーザーでのテストでわかるのは、所詮行動の結果にすぎない。)

例えば、Amazon。ここ数年で、Amazonはずいぶんと変わってきてる。それはビジネスの展開上での変化だけではなく、商品詳細ページでの情報レイアウトや配置、おすすめ商品の紹介方法とか、細かいところを言い出せばキリがないぐらい変わってきている。でも、「大きいリニューアル」「全体リニューアル」みたいなことは、多分、ずっとやってない。
Amazonは、トラフィックの一部でABテストを実施したりして、そこで効果よかったものを全体に反映させて(PDCA)、というような細かいPDCAサイクルを回し続けている。そのサイクルの継続性が、通時的に見ると、ライバルとのすごい差となって現れてくるのだろう。共時的にはAmazonの変化はなかなか可視化しにくいし、可視化できても些末な一箇所だったり、部分的、限定的なものにすぎなことが多くて、よく分からない。が、通時的には大きな変化、差として現れてくる。Amazonと似てるといえば、Googleなんかもそうだ。一気に全部を変えるなんてことはしない。テストを繰り返しながらちょっとづつちょっとづつ変えていく。

すべてのサイトでAmazonやGoogleみたいなことができるわけでもないだろうし、そもそもこういうPDCAサイクルをまわして効果改善していくことが向かない特性のサイトだってある。でも、少なくも、サイトで何らかの直接的な成果を求めるサイトでは、こういう考え方やプロセスは、大リニューアルの時のようなリスク(そのサイトやサービスに慣れたユーザーから離脱されるというリスク等)も少ないので、非常に効果的だろうと思う。

「初期」や「大リニューアル」偏重でWebサイトマネジメントを行って行くことの問題は、まだある。
それは、大きいリニューアルをしても、その会社がその市場や業界のリーディングカンパニーであればあるほど、競合にすぐ真似されてしまう、ということだ。

イーバンク銀行のサイトを左右反転したら、三井住友銀行になった – Feel Like A Fallinstar

イーバンク銀行のトップページの情報配置が、SMBCのそれを左右反転してるだけ、という指摘があったけれど、この手の模倣というのはこの例に限らず少なくない。
オリジナルのサイトやページは、もしかすると何ヶ月も、ものすごいパワーをかけて、様々な意図やら試験やらを経て、ようやく辿り着いたものかもしれない。でもそんな努力の結晶は、いとも簡単にさっとさっと剽窃されてものすごく短く安価なコストで作られてしまう。大きいリニューアルなんてのは、たいていの場合、ライバルに差をつけたり、より顧客にニーズに広く深く対応したりというためにするんだろうけど、すぐ真似されてしまうと、全然差別化にならないかもしれない。

もちろん、Webサイトは、全体の構造や構成、それに企業のブランドやらユーザーニーズやら、いろいろな条件が複合的に絡まってるものだから、単純に特定ページのレイアウトや構造を似せたら、それでその会社と同じような効果や成果が生まれるというようなものではない。
まあ、とはゆえ真似される側はあまり気持ちよいものでもないだろうし、なんとなく自分たちがかけたコストや、そのコストに対して期待していたリターンの一部が、言い方は悪いけれど、パクられてる感じがしないでもないのではないか。

ほとんどのWeb制作会社は、クライアントの提案に、競合調査みたいなことをしていると思う。クライアントからも、あそこはどうなってるのか、と問われることも多い。そして、やはりその業界で先を走ってる会社やそのサイトは、目標となることは多い。(クライアントからも、あそこに似せてくれ、みたいなオーダーでくることも少なくないだろう)
本来は、そうではいけないのだろうけれど、そこがうまくいってる(ように思える)ならば、その良いところをうまく自サイトにも組み込みたいと思うのも自然なことだろう。

この時に、大きな変化や構造やら、設計のポイントやらみたいなところ、簡単に目につくところというのは、当然ながら、真似されやすいものだ。構造やら設計やら、コンテンツ内容やら見せ方やら、そういうものは真似しやすいのだ。

しかし、PDCAサイクルを真似るのは難しい

PDCAサイクルを回してることはわかったとしても、それがわかることと実践することは全然違う。ゼロからサイトを作ることや、フルリニューアルすることは、言ってしまえば、金さえあればなんとかなるのだろうけれど、PDCAサイクルを回していくという領域は、金だけあればなんとかなるというものでもない。

クライアントの中には、なんでテストにお金をかけなければならないだ、プロなら一番良いものを作るのが仕事だろと怒るところもあるかもしれない。また、細々とした小さな改善はあまり目立たないし、派手さもないので、Webサイトの改善にお金を使うこと=見栄えが変わること/デザインが変わること、と思い込んでるクライアント(そういうクライアントは意外と多い。そして、そういうクライアントに迎合する代理店も多い。)にはなかなか理解してもらい難い概念だったりする。

でも、いち早く気づいて、これに取り組んでいければ、そこは長期スパンで見れば、すごいアドバンテージを得ることになるだろうし、持続、継続できればできほど、その時間や期間も大きな差となるに違いない。

他社を出し抜く画期的で凄いサイトをどーんと立ち上げるのもいいが、他社も気づかないような改善を何度も何度も繰り返し、その結果、気づけば他社に圧倒的な差をつけていた、なんてのも凄くカッコいいことだと思うのだが。
このあたりの啓蒙活動というのもやっていかないといけないのだろうなと思っている。来年のうちの会社の大きいテーマの1つだ。

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PDSではなく、PDCAのほうが良い理由

当たり前のことに気づいた。

最近はアクセス解析やら分析やらが一種のブームみたいなところもあって、やたらと「PDCA」だとか「PDCAサイクル」みたいな言葉が溢れてるわけだけども、前々から、PDCAって、なんでPDCAなんだろうと思ってたんです。

DoとActionって同じじゃないの、とか。
PlanとCheckも同じような意味だな、とか。

だから、Check→Actionを一つにして、「Plan→Do→See」なんて言い方もされるんだろうけど、どっちかというと、このPlanDoSeeのほうが、MECEなんでいいんじゃないかと思っていたわけです。

でも、最近、はたと、なぜPDCAなのか、なぜPDSよりPDCAの方が良いのか、ということに気づいたわけです。

こんなことは皆とっくにというか、当たり前のように理解してることなのかもしれないけど、ボクは全然気づいてなかった。なんか新鮮だったので、恥ずかしげもなく晒してしまおうと思う。

それは、要するに、このP→D→C→A という一連のフローで、一つの単位なんだ
よ、ということ。それが大事なんだろということです。
(なんか最もらしいこと言ってますけど、むちゃくちゃ当たり前のこと言ってますね。スイマセン。)

例えば、Plan→Do→Seeの場合。
Webサイトの構築って業務にあてはめて考えてみたら、
仮説や設計やらして、Webサイト作って、その結果を見る。ここまでで1サイクルが終了となる。

もちろん、Seeから、次のPlanに進んで行くわけだけど、でも、Plan→Do→Seeだと、なんとなく、Seeの検証とかチェックとか、総括でもって1単位が終わっちゃう感じがする。あくまでも次のPlanは別サイクルで、それはもしかしたら最悪やらないこともあるかもしれない。

Plan→Do→Seeで終わって、なんとなく問題やら課題がわかって、なるほどなるほどと関心してそれで終わり。気持ちを新たにまた別のPlanが始まってしまう、みたいなことね。ここまで極端ではないにせよ、意外とそういうプロジェクトってあるんじゃないかと思うわけです。

一昔のWeb構築のプロジェクトなんか特にこういうのが多かったんじゃないかな。

大規模なサイト構築とかリニューアルで、一旦終了。その後、半年ぐらいたったら総括的な分析とか課題抽出する。だいたいこれが一区切り。そこで見つかった課題やらは、次のリニューアルの時の、つまり次の「Plan→Do→See」の「Plan」の材料にしましょう、ということで終わる。

でも、今はこれじゃダメなんでしょう。

1年とか2年とかに1回、大規模なリニューアルとか全取っ替えとかするという発想から、細かい検証→改善のサイクルを回していく運営やマネジメントに切り替えていかないといけないんじゃないでしょうか。

そういう発想だと、PDCAという言葉のほうが良いわけです。

「C→A」までやって1単位。これをサイクルとして回していく、ということで継続的な改善ができる。「PDCA」という言葉のほうがより明示的なんじゃないかと。

P:仮説やシナリオやらを立てる。
D:作業やら実装やら制作やら
C:観測したり、検証したり、分析したり
A:その結果を持って、手を入れる

この最後の「その結果を持って、手を入れる」という、ここまで実行して、1単位、1サイクルなんだよ、ということです。

改善のプロセスというのは、「C→A」というところまで遂行しないと、意味ない
んじゃないのという認識を共有するために、あえてPDCAとなってるわけですね。

と、考えると、自分が普段何気に、お客さんに「PDCAサイクルが重要です」とか、「PDCAサイクルを構築しましょう」と提案していることは、まだまだ浅いなぁと痛感したわけです。

PDCAと言いながら、「Plan→Do→See」の「See」で終わってることも多いなぁと。そこで予算切れとか。

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