消えゆく京都の名店

2011年ももうすぐ終わりを迎える。

昨日(28日)に、妻と久々に一神堂食べたいねぇということになって出掛けたのだけれど、そこで一神堂が年内いっぱい(30日)で閉店することを知った。一応、新しい屋号、新しい味で来年春頃、新しい店をスタートさせる予定みたいなことが貼り出されていたけど、「新しい味」で「新しい屋号」なのだから、もう僕ら夫婦が愛した一神堂のこの味は今年で終わりということだ。かなり残念だ。一神堂は、今年、僕ら夫婦が最も通ったラーメン屋だからだ。(ちなみに、2010年は間違いなく天下一品で、2009年は高安だ。) 一神堂のラーメンは、あさりがベースになった、なんともオリジナリティの高い独自の世界を持っている。今でこそ、四条烏丸のガスパールなんかもあさりのラーメンを出したりもしてるけど、僕は一神堂の方が圧倒的に完成度が高いと思う。何度食べても飽きない、複雑な味なのにやらしい癖がなく、誰でも愉しめる味。店構えは古き良き時代を思い起こさせるような屋台風の作りで、席数も少なく、ほんとに小さいスペースでほそぼそとやってる知る人ぞ知るようなマニアックなラーメン屋という感じなのだけれど、その味はものすごく上品で味わい深い。
年内で終了ということなので2日連続で、今日も食べに来た。記念にラーメンの写真も取って、ダイエット中ではあるけど、スープも全部飲み干した。やっぱりうまかった。このスープがもう飲めないと考えると、ものすごく悲しい。

2010年に四条河原町の象徴の一つだった阪急百貨店が閉店したり、年末に北白川の丸山書店が閉店したりと、馴染みにあるお店が消えたけれど、今年は今年で多くのお店や場所が消えた。ここ数年、ほんと京都は銘店・名店の閉店ラッシュというか、大きく町が変わろうという、ちょうど端境期なのかもしれない。

癒し太閤ねねの湯
三ヶ月に1度ぐらいの頻度では通っていたのですごく残念だ。広くて値段も手軽だったのに。家からは車で30〜40分程度かかるけど、その距離もちょっとしたドライブ感覚でちょうど良かったのだ。ねねの湯の代わりになるスーパー温泉を見つけないとなぁ。

侘助(わびすけ)
同志社大生なら誰もが知ってるお店だ。といっても、僕は大学中に1度行っただけだ。
いもねぎ定食が名物だけど、正直言って旨いとは思わなかった。でも、あの場所にあの佇まいで存在しているというのが、僕の中では大学時代の記憶としっかり結びついてて、何か大学生活の原風景的なものになっているので、その光景が消えていくというのは悲しいものだ。(すでに店は取り壊され、何か新しいマンションかビルでも建てられるそうな感じ)

通称キタバチ「スポーツランド北白川」
いかにも左京区らしい娯楽施設。何年か前に大学時代の何人かと京都で落ち合ったときにここでダーツしたり、ゲームしたりで時間を潰したのが最後か。

hohoemi
丸太町荒神口にあったパン屋さん。むちゃくちゃ美味しかったのに。ここのベーグルやキャラメルラスクは、ほんとにおいしくて大好きだった。閉店しあと後で閉店したということを知ったのが悔やまれる。あー、最後にもう一度、キャラメルラスク食べたかった。(妻に後で聞いたら、キャラメルラスクは、hohoemiと同じ方がやられている京都・夷川富小路角のドーナツ屋さん「ひつじ」の方でも販売されてるそうだ)

グリルアローン
大学に入学したての頃に、特大オムライスが名物だということで友達と食べに行った。そのボリュームばかりが注目されてたけど、実際、ここは何食べてもけっこうおいしくて好きだった。閉店したということを知ると、また食べたくなったけど、考えたら、かれこれ15年ぐらい足が遠のいてたわけだ。

WHOOPEE’S
八坂神社すぐそばにあった老舗のライブハウスだ。どうもオーナーがビルごと売却したのが閉店の理由らしい。
うーむ、なんか悲しいなぁ。

CafeDoji
足繁く通ったわけでもないけど、京都代表するカフェの一つだったので残念だ。妻も久々にDojiのカレー食べたいなーと思ってたところで、よもや閉店してるとは思わなかった。知らなかったけどDojiって1977年開店だったんだなぁ。なんか1つの時代が終わったような感じがする。

ちなみに、知らなかったけど、紀伊国屋のMOVIX店や、寺町のタニヤマムセンも閉店になってた。今出川通りのラーメン一番も消えたし、ハラドーナッツもなくなってたなぁ。知らんまにどんどん町は変わっていく。

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Chrome:テキストエリアで外部テキストエディタを利用する方法(2)

忘れないようにメモ。

Google Chromeを利用してるときに、テキストエリアを外部エディタで編集したりする方法として、こういう方法を使っていたけど、(Chrome:テキストエリアで外部テキストエディタを利用する方法。 – papativa.jp)、会社の情報システム部の方に、こういう方法もあるということで教えてもらった。Macでは使えないけど、windows環境なら、このアプリを使えば、どのブラウザ使ってても大丈夫だ。

(1)
窓の杜 – Text Editor Anywhere
まず、これをダウンロード。

(2)
インストールして起動。
「Options」の設定で、任意のテキストエディタを設定する。好きなエディタが指定できるのがいい。

(3)
このツールは、自動起動を設定しておいたほうがいい。
Windows > スタートメニュー > プログラム > スタートアップ
に、ショートカットを登録しておく。

(4)
ディフォルトでは、「Winキー」+「A」でテキストエディタが立ち上がる。

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MacBook Pro 13インチを買ってしまったよ

MacBook Proを買ってしまったよ。2011年Lateモデル。13インチ。夫婦のクリスマスプレゼントということで。
最後の最後まで、Airにするか迷ったけど、最終的な決め手は、今使ってるMacBookもほとんど持ち運びしていないということと、あとボクら夫婦は大量のCDのリッピングを定期的に行ってるので、CDドライブの外付けは辛いというところ。Macを利用している机も大きくないので、できるかぎり余計なものを置きたくないのだ。Airのあのフォルムや爆速起動のSSDはかなり魅力的ではあったのだけれど、まぁ冷静に現状のMacBookの利用方法や用途を考えたら、MacBook Proでいいやということになった。スペックから見た価格もかなりリーズナブルで魅力的だし。
Macbookpro

メモリはバルクの安いメモリで8Gにしておいた。少ししくったなと思ったのは、キーボードをUSにするのを忘れてたこと。まぁ、今のMacBookも日本語キーボードだし、妻はこっちで慣れてるから別にいいっちゃいいんだけど、人から色々話を聞くと、やっぱりMacはUSキーボードでしょ、みたいな感じで、ボクは影響を受けやすいので、そうだなと納得してたんだけど、お店に行ったらテンション上がってしまってて、そんなことすっかり忘れてしまってた。

マシンを持ち帰ってきて、さっそくMacBookからの乗り換え作業。Macでのデータ移行は初めてだったけど、TimeMachineでの移行はあまりにも簡単すぎてびっくりした。Macのセットアップ時にTimeMachineからのデータ移行を選んでディスク指定するだけで終わり。データ量はかなりあったけれど、ほったらかしにしてたら4時間ぐらいで完了した。今朝時点までのMacBookの環境がそのまま再現されてた。このシンプルさは、ほんとに素晴らしいと思う。TimeMachineってなんだかんだと言われながら、やっぱり便利だ。
iPhotoやiTunesの起動、ブラウザ、Evernote、GarageBandなど、重そうなアプリを片っ端から立ち上げてみたが、何のタメもなく、サクサク立ち上がるじゃないか。これが普通なんだろうけれど、このサクサク感に較べたら、これまでのMacBookのモッサリ感はなんだろうか。もう戻れない。

今、メインマシンのMacBookは来年の1月でまる5年になる。よく頑張ってくれたものだ。昨年HDDやファンを交換したり、メモリを増設したりもしてるので、まったく使えないわけではないが、iPhotoやiTunesで大量のデータを扱いだすと、かなり厳しい状況だった。長年の色々なものも詰まってるんだろうから、一旦、初期化してスッキリさせてやってからサブマシンとして利用するか、売っぱらうか考えようと思う。ここしばらくブログを書いてなかったのは、実はMacBookの調子が良くなかったということも大きかったんで、ニューマシンになったのだから、もう少し頻度を高くしていきたいなと思ってる。

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スティーブ・ジョブズが愛した音楽/ボブ・ディラン

ウォルター・アイザックソンの「スティーブ・ジョブズ」を一気に読んだ。
今回は、本書の中身について云々というのは触れず、ジョブズが愛した曲やミュージシャンを取り上げようと思う。
ジョブズは60年〜70年代のロックやニューミュージックをとても愛していた。中でもディランには並々ならぬ熱意を注ぎ、のめり込んでいる。

■ミスター・タンブリン・マン
本書の小見出しには、音楽好きのジョブズに配慮してか、ジョブズが好きだったビートルズやディランの曲名がいくつか使われている。例えば「ベイビー・ユーアー・ア・リッチ・マン」「ライク・ア・ローリング・ストーン」「ヒア・カムズ・ザ・サン」などだ。この「ミスター・タンブリン・マン」もそのうちの一つ。もちろん著者は音楽業界を魔法にかけて巻き込んでいくジョブズを「ミスター・タンブリン・マン」だと捉えたのだろう。

B0009V92SG12弦ギターの美しいイントロが特徴的なThe Byrdsのカバーバージョンが有名になってしまった感もあるけど、もちろんオリジナルはディランだ。アルバム「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」(1965年)に収録されている。アルバムとしては5作目で、ちょうどフォークからロックへの転換期にリリースされたものだ。この後、歴史的傑作と称される「追憶のハイウェイ61」を1996年にリリースし、ディランのロックスタイルは決定的なものとなった。B0009V92SQ 

ジョブズは、この頃のディランについて次のように語っている。

1966年のヨーロッパツアーが最高だ。アコースティックギターで何曲か演ってすごい拍手を受けるんだ。で、のちにザ・バンドとなる連中をステージに上げるとエレキで演奏をはじめて、会場からブーイングが出たりする。「ライク・ア・ローリング・ストーン」を歌おうとした瞬間には、会場から「裏切り者!」って声が上がっていね。それにディランは「めいっぱいでかい音で演やるぞ!」ってがんがんにいくんだ。ビートルズも同じだった。進化し、前に進んで、自分たちの芸術を少しづつ高めていった。僕もそうありたいと努力してきた──前に進んみ続けるんだ。そうでなければ、ディランが言うように、「生きるのに忙しくなければ死ぬのに忙しくなってしまう」からね。

ボクもこのあたりの映像は、「ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム [DVD] 」で観たが、「フォークのディラン」を期待する観客の前で罵倒されながらも飄々と演奏し、歌うディランの姿には、やはり心うたれるものがある。

1966年のライブでの「ライク・ア・ローリング・ストーン」。かっこ良すぎ。

B000A3H6I6 B000JBWY4Uジョブズはディランを相当愛していたようで、彼のiPodには、ファーストアルバム(1962年)の「ボブ・ディラン」から1989年「オー・マーシー」までに発売されたアルバムのうちの15枚と、それ以外にも海賊版の作品集なども6つも入っていたと紹介されている。ジョブズは「血の轍」以降のアルバムをあまり高く評価はしていないようだ。
アップルから追放されたちょうどその時、ディランのアルバム「エンパイア・バーレスク」が発売され、ジョブズはハーツフェルドとアルバムの何曲かを聴くが、どれも気に入らない、というエピソードが紹介されている。

ボクが初めて買ったディランのアルバムは、実はこの「エンパイア・バーレスク」だ。当時、ボクはビートルズにどっぷりはまってて、ビートルズの文献やら記録映画やら雑誌やらを漁っていた。姉がビートルズファンクラブに入ってて、その会報誌もかなりの数が家にあったし、ビートルズ関連の書籍も当時としてはかなりの数があったので、ボクはそういうものを手当たり次第に読み漁っていたのだ。その過程で必然的に、ディランと出会うのだが、ボクが嬉しかったのは、ディランは今もなお活躍していたということだった。ビートルズはすでに解散し、ジョン・レノンはすでに凶弾に倒れてしまっていたのに対して、ディランは当時もなお伝説を作り続けていた。(でも、まぁ一般的には「オー・マーシー」ぐらいまでの何作かは、ディランの暗黒時代というか、ディラン史の中からも葬り去ってる人も多いと思うが) で、このアルバムを手にするのだが、当時はディランの歴史をきちんと知らなかったということあって、ボクはこのアルバムをけっこう聴きこんでいる。なので、今回、本書を読んで、久々に気になってこのアルバムの収録曲をYouTubeで聞き返してみたのだが(すでにアルバムは手元にはない。)、思い入れみたいなものもあるのだろうか、やっぱりそんなに悪いとは思えなかった。これはこれでディランなんじゃないかなと。
当時観たいと思いつつ、観ることができなかった「Tight Connection to My Heart」のPVを今回初めて観た。日本が舞台で倍賞美津子が登場する。ディランの下手な演技がなかなか笑えるのだ。

■いつもの朝に(One Too Many Mornings)

あのジョブズでもディランと初めて対面したときは口が聞けなかったそうだが。ディランからお気に入りの曲を尋ねられ、ジョブズは「いつもの朝に」を上げ、ディランはそれをコンサートで歌ったという逸話が残されている。

1964年のアルバム「The Times They Are a Changin’」の収録されている曲だ。
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もちろんアルバムタイトルともなったディランを代表する曲の一つと言っていい「The Times They Are a Changin’(時代は変わる)」は、1984年の歴史的なアップルの株主総会の開会宣言の詩として引用されている。「・・・・今日の勝者も/明日は敗者に転じるだろう/時代は変わるのだから」という箇所を引用し、世界を支配しよとするIBMに対抗し、世界を変える救世主として「マッキントッシュ」を紹介する。

■ディランのiPodコマーシャル
実はこのCMをボクはあまり覚えてない。この頃、ディランにもう興味を失ってしまっていたというのもあるのかもしれない。アルバム「Modern Times」とのタイアップで、ディランの再評価、若い新しいファンの獲得に一躍を買うことになったCMだ。このプロモーションがきっかけとなり、その後、多くの有名アーチストがこぞってiPodの広告に出たがるようになった。

■ジョーン・バエズ
ジョブズの元彼女だ。1982年にあるきっかけでジョブズはバエズと出会い付き合い始める。ジョブズが27歳、バエズは41歳。ジョブズがバエズに惹かれたのは、必ずしも彼女そのものの魅力や才能だけではなく、やはりディランとの繋がりが大きかったのだろうと推測されている。1960年代はじめ、バエズとディランは恋人同士だったからだ。
ジョブズのiPodの中に収録されている曲として、バエズの「愛はちょうど四つの文字のよう」が挙げられている。しかしこの日本語タイトルって凄いな。
原題は「Love is just a four letter ward」のこと。曲を書いてるのはディランだ。

ジョーン・バエズは、ディランつながりで知ってはいたけれど、きちんと聴いたことはなかった。ディランの曲というのは、The Byrdsにしても、PPMにしてもそうだが、他のアーチストが演やると、本人が歌ってる時にはよくわからなかった美しいメロディが浮かび上がってくるから不思議だ。こういう曲を聴くと、ディランがコンポーザーとしても極めて優秀で、繊細なメロディを生み出す能力を持っていたということがよくわかる。

■フォーエバー・ヤング

もう一曲。ちょくせつこの曲が出てくるわけではないが、ジョブズの息子のTシャツにプリントされていた文字として出てくる「フォーエバー・ヤング」。大好きな曲の一つなのでこちらも紹介しておこうと思う。

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スティーブ・ジョブズが愛した音楽/ビートルズ

「ジョブズが愛した音楽」(2)

ディランと同じぐらいに愛していたのがビートルズだ。ビートルズとストーンズならば、迷いなくビートルズを選べるけど、ビートルズとディランだとどちらかを選ぶのは難しいと、ジョブズは語っている。ジョブズにとって、ビートルズは、ディランと同じく唯一無二の存在だ。ジョブズがなくなる前に、iTunesでのビートルズの取り扱いができるようになったのは、本当に良かったと思う。ボクは正直、ビートルズはデジタル音楽配信をしないか、したとしても自分たち自身で行うのではないかと思っていた。ジョブズがいなければおそらくEMIとの交渉もまとまっていなかったろう。

■ストロベリー・フィールズ・フォーエバー

プロモーションビデオの先駆けになったなどとも言われてるけど、諸説は色々あるのでそこにはあえて踏み込まない。
しかし、何度聽いても飽きない素晴らしい曲だ。
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の修正を繰り返す10あまりのセッションをテープに録音した海賊版は、ジョブズの哲学である「完璧な製品の作り方」のもとになった、と言われてる。

ジョブズはこのように語っている。

これは複雑な歌で、何ヶ月も行ったり来たりしながら完成させてゆくクリエイティブなプロセスには本当に心を打たれるよ。
(略)
曲を考え、書くことはできなくとも、このくらいの演奏ならできる。でも、彼らはここで止まらない。みんな完璧主義者で、とにかく何度も何度もやり直すんだ。このことに、僕は30代で強い印象を受けた。彼らがどれほど真剣に取り組んだのかがわかってね。
録音と録音のあいだにも、さまざまな作業がおこなわれている。何度でも繰り返し、少しづつ完璧なものにしていったんだ。(3回目の録音について、演奏が複雑になっているとジョブズは指摘した)。 アップルでの物作りも、同じような方法を取ることが多い。新しいノートブックやiPodを作るときのモデルの数だってそうだ。たたき台を作ったあと、それを改良して改良して、デザインやボタンや機能など、細かなモデルを作るんだ。大変な作業ではあるけど、繰り返すうちにだんだんと良くなり、最後は、こんなのいったいどうやったんだ!? ネジはどこ行った!?って具合になるんだ。

4861912210「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のレコーディング風景は、まさにジョブズの物作りの姿勢に似ているように思える。ビートルズのレコーディングエンジニアのジェフ・エメリックの「ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 」には、その時の模様が記されている。これが本当にジョブズ/アップルまんまなので読み返してて吹き出してしまった。

この曲をジョンが持ってきた日、ビートルズのメンバーはひとまずバッキング・トラックを録るってみることにする。この日は8時間程度スタジオで過ごすも、けっきょくは使われず仕舞いに終わったテイクがひとつ生まれただけで終わる。
数日後のレコーデイングで、ポールが曲の冒頭を飾るメロトロンのフレーズを考えだす。「この一曲のレコーディングのために、トータルで三度の長いセッションが費やされ、当時としてはえらく時間がかかったように感じられたものだ」。
しかし、ジョンはそのレコーディングについてまだ何が良いのかわからない状態で決めきれていなかったようだ。その後、数日、ジョンは何度もアセテート盤を聴き続け、「わからない。ただもっとヘヴィにしなきゃ駄目だ」と結論付ける。
このジョンの「もっとヘヴィに」というものを形にしようと、ポールはオーケストラ楽器用のスコアをつけたりと苦心する。チェロやトランペットを重ねたりと、リメイクに30時間以上を費やしたと、著者は語っている。

ぼくらは完璧を目指していた─99パーセントOKならそれでいいという話ではない。全員が、100パーセントOKできるものでなければならなかった。だからこそ、のちに「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」と命名されるアルバムの収録曲は、いずれも的確でキズひとつない仕上がりを示しているのだ。

リメイクはつまみ弾きしたピアノの弦、逆回転のシンバル、ジョージ・ハリスンのソードマンデル(オートハープに似たインド楽器)など、種々のエキゾチックな楽器で飾り立てられて完成し、全員の満足がいくようにミックスされた。だが、この期におよんでもまだ、もうひとつサブライズが待っていた。
「『ストロベリー・フィールズ』のアセテートを何度も聞き返してみたんだけど」数日後にジョンが切り出した。「やっぱり最初の部分はオリジナルのほうがいいと思うんだ
(略)
「そこでわれらがジェフリー青年に、このふたつをつなげてほしいんだ
ジョージ・マーティンは大きくため息をついた。
「ジョン、喜んでやらせてもらうよ」彼はたっぷり皮肉をこめていった。「ただしひとつ問題があってね、あのふたつのヴァージョンは、キーもテンポも違っているんだ
ジョンはまるっきり平気だった。もしかしたらなにが問題なのかもわかっていなかったのかもしれない。
あんたならできるさ」彼はそういい残してぼくらに背を向け、ドアから出ていった。

完成直前、ほとんどの皆がもうこれで十分だろうと満足しているのにどうしても納得のいかないジョン。そして、デジタルシーケンサーもないこの時代に、キーもテンポも違う2つの曲をつなげてくれと、無茶な要求をし、「あんたならできるさ」で済ませてしまう、この強引さ。名前を変えたら、スティーブ・ジョブズのエピソードとしてもそのまま通用しそうだ。

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