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どうでもいいコト Archive
WordTwitからの投稿テスト(再)
- 2010-02-28 (日)
- どうでもいいコト
bit.lyの設定のところ、API Keyを入れないといけないのにアカウントのパスワード入れてた。
今度こそ。
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PDCAサイクルの話の続き。WebソリューションとPDCA。
「PDSじゃなくて、PDCAのほうが良い理由」というエントリーを書いたけど、この話をしたらある人から、ダイレクトマーケティングの世界なら、この「Plan→Do」がスプリットランテストで、「Chekc→Action」がそのテスト結果を踏まえた本番実行になるんだよ、というようなことを教えてもらった。
なるほどなるほど。これも重要な考え方かもしれない。つまり、PDCAは、本番前、大々的な実行の前に、ちゃんとテストしなきゃダメですよ、ということを意味しているわけだ。
ダイレクトレスポンス型の広告とかだと、「スプリットラン→本番」みたいなことは、それこそワンダーマンの時代から行えれている伝統的なプロセスだろうし、ネット広告チャンネルならば、さらにこういうプロセスを簡単に安く実行できるわけで、こういう概念は広告主側にも比較的受け入れられているように思える。(僕がお付き合いさせてもらってる代理店さんとかだと、普通にやってるけど、実際はそんなことないのかもしれない)
でも、Web制作とか構築みたいな領域では、まだまだ、こういう考え方は入り込んでいないだろうと思う。
それはクライアント側もそうだし、それをお手伝いさせてもらってる僕らのようなWebソリューション会社でも案外そうなんじゃないだろうか。
昨今の不況などもあって、大規模リニューアルにドンとお金をかけていく、みたいなのは少なくなってきているかとは思うけど、それでもやはりWebサイトソリューション分野における「効果改善」「最適化」の予算の中心は、「初期構築」「フルリニューアル」の中にある。
補足すると、「運営」だとか「運用」の予算も、トータルすると「初期」を超えるということは多々ある。が、その「運営や「運用」の予算というのは、たいていの場合、必要なコンテンツの更新やら追加やら、プロモーションやらといったところの予算であり、Webサイトの効果を高めていくことや、成果を高めるための改善みたいなところに掛けられる予算はまだまだ非常に限定的だろうし少ない。そういう意味で、「効果改善」「最適化」の予算の大部分は、「初期」や「全体リニューアル」にあるという意味だ。
1回のプロジェクトで可能な限り多くの課題や問題に取り組み、それらの解消を目指す。必然的にプロジェクトの規模は大きくなる。リスクを減らすために、事前の調査やスルーテストなどを何度も繰り返し精度を高めていく。
そうやって出来上がったサイトは1~2年ぐらい使われて、また、次に作り直すときは、ゼロベースで設計しなおす。この手のWebサイトマネジメントは一般的だと思う。先のPDCAの概念から考えると、すごいパワーや予算、期間をかけて「C→A」をやっていて、この「C」のところで、被験者テストやらスルーテストみたいなものを通じて「P→D」をやるみたいなイメージだろうか。これはPDCAとは違う。PDCAという言葉が持つ、継続性だとか持続性みたいなところとはズレている。
しかし、大きなリニューアル(C→A)を一回やることことよりも、小さな改善を継続的に繰り返していくことのほうがトータルとして見たら、大きな成果につながるということも考えられるだろう。大きなリニューアルのために、大きな予算をかけて被験者テストを実施する(P→D)よりは、実際のサイト上で、そのサイトに訪れる実ユーザーでちょっとしたテストをして結果を見る方(PDCA)が、安上がりだし、実際のデータという意味では信頼できるのではないか。
(補足:ユーザーシナリオなどの被験者テストは、テストという時点で多少のバイアスが掛かっていることは間違いない。が、しかし、被験者テストが意味がないものかというと、そんなことはない。被験者へのインタビューなどを通じて、よりユーザーの行動や心理を深く探っていくことが可能だからだ。ユーザーの心理の深堀によって、違う潜在的なニーズや懸念がわかったり、発見を得ることも多い。実ユーザーでのテストでわかるのは、所詮行動の結果にすぎない。)
例えば、Amazon。ここ数年で、Amazonはずいぶんと変わってきてる。それはビジネスの展開上での変化だけではなく、商品詳細ページでの情報レイアウトや配置、おすすめ商品の紹介方法とか、細かいところを言い出せばキリがないぐらい変わってきている。でも、「大きいリニューアル」「全体リニューアル」みたいなことは、多分、ずっとやってない。
Amazonは、トラフィックの一部でABテストを実施したりして、そこで効果よかったものを全体に反映させて(PDCA)、というような細かいPDCAサイクルを回し続けている。そのサイクルの継続性が、通時的に見ると、ライバルとのすごい差となって現れてくるのだろう。共時的にはAmazonの変化はなかなか可視化しにくいし、可視化できても些末な一箇所だったり、部分的、限定的なものにすぎなことが多くて、よく分からない。が、通時的には大きな変化、差として現れてくる。Amazonと似てるといえば、Googleなんかもそうだ。一気に全部を変えるなんてことはしない。テストを繰り返しながらちょっとづつちょっとづつ変えていく。
すべてのサイトでAmazonやGoogleみたいなことができるわけでもないだろうし、そもそもこういうPDCAサイクルをまわして効果改善していくことが向かない特性のサイトだってある。でも、少なくも、サイトで何らかの直接的な成果を求めるサイトでは、こういう考え方やプロセスは、大リニューアルの時のようなリスク(そのサイトやサービスに慣れたユーザーから離脱されるというリスク等)も少ないので、非常に効果的だろうと思う。
「初期」や「大リニューアル」偏重でWebサイトマネジメントを行って行くことの問題は、まだある。
それは、大きいリニューアルをしても、その会社がその市場や業界のリーディングカンパニーであればあるほど、競合にすぐ真似されてしまう、ということだ。
イーバンク銀行のサイトを左右反転したら、三井住友銀行になった – Feel Like A Fallinstar
イーバンク銀行のトップページの情報配置が、SMBCのそれを左右反転してるだけ、という指摘があったけれど、この手の模倣というのはこの例に限らず少なくない。
オリジナルのサイトやページは、もしかすると何ヶ月も、ものすごいパワーをかけて、様々な意図やら試験やらを経て、ようやく辿り着いたものかもしれない。でもそんな努力の結晶は、いとも簡単にさっとさっと剽窃されてものすごく短く安価なコストで作られてしまう。大きいリニューアルなんてのは、たいていの場合、ライバルに差をつけたり、より顧客にニーズに広く深く対応したりというためにするんだろうけど、すぐ真似されてしまうと、全然差別化にならないかもしれない。
もちろん、Webサイトは、全体の構造や構成、それに企業のブランドやらユーザーニーズやら、いろいろな条件が複合的に絡まってるものだから、単純に特定ページのレイアウトや構造を似せたら、それでその会社と同じような効果や成果が生まれるというようなものではない。
まあ、とはゆえ真似される側はあまり気持ちよいものでもないだろうし、なんとなく自分たちがかけたコストや、そのコストに対して期待していたリターンの一部が、言い方は悪いけれど、パクられてる感じがしないでもないのではないか。
ほとんどのWeb制作会社は、クライアントの提案に、競合調査みたいなことをしていると思う。クライアントからも、あそこはどうなってるのか、と問われることも多い。そして、やはりその業界で先を走ってる会社やそのサイトは、目標となることは多い。(クライアントからも、あそこに似せてくれ、みたいなオーダーでくることも少なくないだろう)
本来は、そうではいけないのだろうけれど、そこがうまくいってる(ように思える)ならば、その良いところをうまく自サイトにも組み込みたいと思うのも自然なことだろう。
この時に、大きな変化や構造やら、設計のポイントやらみたいなところ、簡単に目につくところというのは、当然ながら、真似されやすいものだ。構造やら設計やら、コンテンツ内容やら見せ方やら、そういうものは真似しやすいのだ。
しかし、PDCAサイクルを真似るのは難しい。
PDCAサイクルを回してることはわかったとしても、それがわかることと実践することは全然違う。ゼロからサイトを作ることや、フルリニューアルすることは、言ってしまえば、金さえあればなんとかなるのだろうけれど、PDCAサイクルを回していくという領域は、金だけあればなんとかなるというものでもない。
クライアントの中には、なんでテストにお金をかけなければならないだ、プロなら一番良いものを作るのが仕事だろと怒るところもあるかもしれない。また、細々とした小さな改善はあまり目立たないし、派手さもないので、Webサイトの改善にお金を使うこと=見栄えが変わること/デザインが変わること、と思い込んでるクライアント(そういうクライアントは意外と多い。そして、そういうクライアントに迎合する代理店も多い。)にはなかなか理解してもらい難い概念だったりする。
でも、いち早く気づいて、これに取り組んでいければ、そこは長期スパンで見れば、すごいアドバンテージを得ることになるだろうし、持続、継続できればできほど、その時間や期間も大きな差となるに違いない。
他社を出し抜く画期的で凄いサイトをどーんと立ち上げるのもいいが、他社も気づかないような改善を何度も何度も繰り返し、その結果、気づけば他社に圧倒的な差をつけていた、なんてのも凄くカッコいいことだと思うのだが。
このあたりの啓蒙活動というのもやっていかないといけないのだろうなと思っている。来年のうちの会社の大きいテーマの1つだ。
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PDSではなく、PDCAのほうが良い理由
当たり前のことに気づいた。
最近はアクセス解析やら分析やらが一種のブームみたいなところもあって、やたらと「PDCA」だとか「PDCAサイクル」みたいな言葉が溢れてるわけだけども、前々から、PDCAって、なんでPDCAなんだろうと思ってたんです。
DoとActionって同じじゃないの、とか。
PlanとCheckも同じような意味だな、とか。
だから、Check→Actionを一つにして、「Plan→Do→See」なんて言い方もされるんだろうけど、どっちかというと、このPlanDoSeeのほうが、MECEなんでいいんじゃないかと思っていたわけです。
でも、最近、はたと、なぜPDCAなのか、なぜPDSよりPDCAの方が良いのか、ということに気づいたわけです。
こんなことは皆とっくにというか、当たり前のように理解してることなのかもしれないけど、ボクは全然気づいてなかった。なんか新鮮だったので、恥ずかしげもなく晒してしまおうと思う。
それは、要するに、このP→D→C→A という一連のフローで、一つの単位なんだ
よ、ということ。それが大事なんだろということです。
(なんか最もらしいこと言ってますけど、むちゃくちゃ当たり前のこと言ってますね。スイマセン。)
例えば、Plan→Do→Seeの場合。
Webサイトの構築って業務にあてはめて考えてみたら、
仮説や設計やらして、Webサイト作って、その結果を見る。ここまでで1サイクルが終了となる。
もちろん、Seeから、次のPlanに進んで行くわけだけど、でも、Plan→Do→Seeだと、なんとなく、Seeの検証とかチェックとか、総括でもって1単位が終わっちゃう感じがする。あくまでも次のPlanは別サイクルで、それはもしかしたら最悪やらないこともあるかもしれない。
Plan→Do→Seeで終わって、なんとなく問題やら課題がわかって、なるほどなるほどと関心してそれで終わり。気持ちを新たにまた別のPlanが始まってしまう、みたいなことね。ここまで極端ではないにせよ、意外とそういうプロジェクトってあるんじゃないかと思うわけです。
一昔のWeb構築のプロジェクトなんか特にこういうのが多かったんじゃないかな。
大規模なサイト構築とかリニューアルで、一旦終了。その後、半年ぐらいたったら総括的な分析とか課題抽出する。だいたいこれが一区切り。そこで見つかった課題やらは、次のリニューアルの時の、つまり次の「Plan→Do→See」の「Plan」の材料にしましょう、ということで終わる。
でも、今はこれじゃダメなんでしょう。
1年とか2年とかに1回、大規模なリニューアルとか全取っ替えとかするという発想から、細かい検証→改善のサイクルを回していく運営やマネジメントに切り替えていかないといけないんじゃないでしょうか。
そういう発想だと、PDCAという言葉のほうが良いわけです。
「C→A」までやって1単位。これをサイクルとして回していく、ということで継続的な改善ができる。「PDCA」という言葉のほうがより明示的なんじゃないかと。
P:仮説やシナリオやらを立てる。
D:作業やら実装やら制作やら
C:観測したり、検証したり、分析したり
A:その結果を持って、手を入れる
この最後の「その結果を持って、手を入れる」という、ここまで実行して、1単位、1サイクルなんだよ、ということです。
改善のプロセスというのは、「C→A」というところまで遂行しないと、意味ない
んじゃないのという認識を共有するために、あえてPDCAとなってるわけですね。
と、考えると、自分が普段何気に、お客さんに「PDCAサイクルが重要です」とか、「PDCAサイクルを構築しましょう」と提案していることは、まだまだ浅いなぁと痛感したわけです。
PDCAと言いながら、「Plan→Do→See」の「See」で終わってることも多いなぁと。そこで予算切れとか。

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ウィーン、プラハ巡り、の前に飛行機の中で漏らしそうになった話
先週は久々にプライベートでの海外旅行。プラハ、ウィーンを巡ってきた。
本来は旅行そのもののことを記録すべきなのだろうけど、僕の場合は持病のIBSでの苦労譚から始まる。
行きの飛行機ではいつもの突発性の下痢に見舞われて危うく機内で粗相をしでかしてしまうところだった。
機内には何個かのトイレが設置されているので、他の乗り物よりは僕自身も安心していたところがあるのだけれど、やはりエコノミー。人数とトイレの数の釣り合いはとれてない。平常時は問題ないのだろうけど、特に危険なのはご飯の後だ。ご飯の後に便意をもよおす人が多いってのは自然の摂理か。ご飯の後だけはトイレの前に行列が出来るのだ。
そして、この行列ができて、容易にはトイレに駆け込めないという状況が、僕の便意をさらに加速することは言うまでもない。不安と心配が頭をもたげ、考えないよう、意識をそちらに向けないようにすればするほど、自然と注意はお腹に向かってしまい、予想通りで急性の下痢がやってきた。第一波だ。
このときは並んでいる人が3〜4人いただだろうか。さすがにこれは無理だと思い、事情を説明して順番を変わってもらいなんとか間に合わせることができた。ほっと一息つきながら、トイレを出てもまだ「次」が来ることが予感されるような終わり方だったので、長年の経験上、必ず第二波があることを確信していた。いつもそうなのだがこういう便意が一回でおさまることはまずない。一回事が終わって、それからまた数十分程度時間をおいてから二回目はやってくる。
その予想通り、それはやってきた。次も同じように順番を変わってもらうお願いをしたのだが、しかし先に入ってる人が出てこない。順番を変わってもらえてもトイレが埋まってる状態ではどうにもならない。
時間にしたら2分、3分のことなのかもしれないが、こういうときは永遠にも思えるもので、もう我慢の限界と、その場を立ち去り、近くのCAに事情を伝えた。CAもこいうのには馴れてるんだろうか、かなり冷静に「では、ここからずっと前方にビジネスクラスがあります。そちらのトイレが比較的空いておりますので」と説明され、説明を聞き終わるか否かのタイミングで、僕は通路の人をすいません、すいません!と掻き分けて、一路、ビジネスクラスのエリアに向かった。
機内通路を一般客が血相変えて走っていく様なんて見たことがあるだろうか。僕自身もないが。僕は必死なので気づかなかったけど、妻曰く、乗客がみんな「なんだ、なんだ」という感じで僕の走っていく様を見つめていて、恥ずかしかったそうだ。
しかし、僕は恥ずかしいなどとは言ってもいられない。漏らしたほうがよほど恥ずかしいのだ。
ビジネスクラスのトイレにたどり着いたものの、なんとそのトイレ2つも埋まっている。うーーー。よりによって。ビジネスクラスでも2つしかトイレ用意してないのかよ、この航空会社はと一瞬悪態をつきそうになった。
すぐ近くにCAが「どうしたのですか」と尋ねてきたので、さらに事情を説明すると、別のトイレを探しにいってくれたが、そこも埋まってたようで、万事窮す。CAもお手上げというような身振りで、我慢するしかないわね、というような視線を送ってきた。うぐぐぐぐぐぐ。
ここで仮に漏らしたりしたらどうなるんだろう。着替えとかは、飛行機で用意されたりしてるのかな、でも、ビジネスクラスでうんこ漏らされたりした日にゃ、ビジネスクラス乗ってる人からすごいクレームを受けるんじゃないかなとか、これから目的地まで機内に充満した臭いに体調おかしくなる人もでてくるんじゃあにかとか。それならエコノミーで憤死したほうがいいのかとか、バカなことをグルグル考えながら数分。いや、数十秒ぐらいだろうか。
と、その時、トイレの扉の向こうから、飛行機や新幹線のトイレ特有の、あのジュポッという気持ち良くブツが吸い込まれていく音がして、しばらくすると扉が開いた。助かった。すぐさま扉の向こうに駆け込み、なんとかギリギリのセーフ。今回もなんとかかんとかピンチを乗り切ることができた。いやはやほんと危なかった。
旅行では、2年前のベトナムの空港の出国審査で漏れそうになり、無理やり出国審査をパスしてトイレに連行してもらった経験があったけど。こういう非日常的な空間での便意というのは慣れないだけあって、余計に緊張をもたらし、不安に拍車をかけるものなのだ。
二回目は、先のような「残糞感」はなかったので、しばらくは大丈夫だろという安心感のもとにトイレを去ることができた。が、実は、その後、空港に着陸直前、シートベルト着用が義務付けられ、席をたつことが原則できない状況に陥ったときもまたまた便意に襲われ、着陸後にすぐさままたトイレに駆け込むという一幕もあった。
こういう経験を通して、僕のIBSはますます酷く、深刻な状況に陥っていくのだろうか。
◆ウィーン/プラハ巡りについて
申し訳程度に今回の旅行のことについても少し書いておくと、今回の旅行はもともとヨーロッパにしようということだけ決めていた。どこにするかということで色々考えた結果、妻も僕も好きなものが一番観られるのがウィーンじゃないかということで、ひとまずウィーンが確定して、あとはウィーンとの行き来が楽で、且つ妻と共通の好きなものが満たせるところということでチェコのプラハということになった。(ウィーン⇔プラハは特急電車で4〜5時間ぐらい)
ウイーンは、クリムト、シーレ、ヴァッサー、ブリューゲル。プラハはカフカ。彼らの作品や、彼らの建築物に生で触れるというのが旅の目的になった。また、二人共、教会や聖堂も好きなので、ウィーンはまさにドンピシャなのだ。
ただ、ちょっと気になっていたのは、ちょうど旅行中に、日本でクリムト、シーレのウィーン世紀末展が開かれているということで、下手したら主要作品は全部日本にいっちゃってて、本場ではもぬけの殻のような状態なんじゃないかということだった。
なにせ、今年、大原美術館に行ったときも(毎年のように行ってるけど)、一番見たかったセガンティーニの「アルプスの真昼」がなかったり、現代美術館が改装中で見られなかったりと、なんとなく嫌な巡り合わせだったからだ。
でも、実際行ってみたらその心配は杞憂だった。もうお腹いっぱいというぐらいにクリムトもシーレも観られたし、もちろん「接吻」も観られた。(「パラス・アテナ」は日本に行っちゃってたみたいだけど、でも作品数も十分すぎるぐらいあった)
有名な作品だからってこともあるんだろうけど、ほんと「接吻」の神々しさはすごいものがあって、あぁこれがアウラってものなんだろうな、なんて知った感想なんて漏らしてしまった。いや、ほんとに感動したんですわ。しばらく足が動かなかったぐらい。
その旅の目的の一つであったヴァッサー。美術作品なら、何かの機会でも日本にやってくることがあるかもしれないけれど、建築物は絶対にその地でしか見られない。だから余計に感動の度合いも大きいというか。

これがヴァッサーの作品のひとつ。クンスト・ハウス。クンスト・ハウスはミュージアムにもなってて、ヴァッサーの絵画作品なども堪能できるようになってる。ヴァッサーの絵画はきちんと見たのは今回が初めてだったのだけど、ほんとこの人は素敵な人だと感じた。絵画も好きになってしまった。

こっちがヴァツサーハウス。こちらは普通に住宅として使われている。その日は一回ではフリーマーケットみたいなものが開かれていた。こんなところで住めたら愉しいだろうなと思う。
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イーモバイルD23HWは回収されて交換されて帰ってきた
「papativa.jp – また、イーモバイル(D23HW)がおかしくなった」というエントリーを書いてから、イーモバイルのサポートに症状をメールした。すると、詳しく訊きたいので電話して下さい、と返ってきた。電話ではあれこれ詳しい状況を訊かれたが、状況からどう考えても本体の故障なので、とりあえずチェックするから回収しますということになった。
本体は日曜日(20日)に取りにきてくれて、それが昨日帰ってきた。どうやら本体交換となったようで新品っぽい。
シムを差し込んで、PCに接続するとあっさり認識された。イーモバイルからは有償修理になりそうな時には電話します、ということだったが、おそらく保証期間内だったら、本体に特に外傷もないからそのまま交換したんだろう。
保証書は回収されてなかったけど、当然ながらイーモバイル側でも契約してる日とかその端末を購入した日は把握してるわけで問題なかったわけだ。
ということで、保証期間の1年が過ぎる前までには故障安心サービスに入っておこうと思う。
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