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消えゆく京都の名店

2011年ももうすぐ終わりを迎える。

昨日(28日)に、妻と久々に一神堂食べたいねぇということになって出掛けたのだけれど、そこで一神堂が年内いっぱい(30日)で閉店することを知った。一応、新しい屋号、新しい味で来年春頃、新しい店をスタートさせる予定みたいなことが貼り出されていたけど、「新しい味」で「新しい屋号」なのだから、もう僕ら夫婦が愛した一神堂のこの味は今年で終わりということだ。かなり残念だ。一神堂は、今年、僕ら夫婦が最も通ったラーメン屋だからだ。(ちなみに、2010年は間違いなく天下一品で、2009年は高安だ。) 一神堂のラーメンは、あさりがベースになった、なんともオリジナリティの高い独自の世界を持っている。今でこそ、四条烏丸のガスパールなんかもあさりのラーメンを出したりもしてるけど、僕は一神堂の方が圧倒的に完成度が高いと思う。何度食べても飽きない、複雑な味なのにやらしい癖がなく、誰でも愉しめる味。店構えは古き良き時代を思い起こさせるような屋台風の作りで、席数も少なく、ほんとに小さいスペースでほそぼそとやってる知る人ぞ知るようなマニアックなラーメン屋という感じなのだけれど、その味はものすごく上品で味わい深い。
年内で終了ということなので2日連続で、今日も食べに来た。記念にラーメンの写真も取って、ダイエット中ではあるけど、スープも全部飲み干した。やっぱりうまかった。このスープがもう飲めないと考えると、ものすごく悲しい。

2010年に四条河原町の象徴の一つだった阪急百貨店が閉店したり、年末に北白川の丸山書店が閉店したりと、馴染みにあるお店が消えたけれど、今年は今年で多くのお店や場所が消えた。ここ数年、ほんと京都は銘店・名店の閉店ラッシュというか、大きく町が変わろうという、ちょうど端境期なのかもしれない。

癒し太閤ねねの湯
三ヶ月に1度ぐらいの頻度では通っていたのですごく残念だ。広くて値段も手軽だったのに。家からは車で30〜40分程度かかるけど、その距離もちょっとしたドライブ感覚でちょうど良かったのだ。ねねの湯の代わりになるスーパー温泉を見つけないとなぁ。

侘助(わびすけ)
同志社大生なら誰もが知ってるお店だ。といっても、僕は大学中に1度行っただけだ。
いもねぎ定食が名物だけど、正直言って旨いとは思わなかった。でも、あの場所にあの佇まいで存在しているというのが、僕の中では大学時代の記憶としっかり結びついてて、何か大学生活の原風景的なものになっているので、その光景が消えていくというのは悲しいものだ。(すでに店は取り壊され、何か新しいマンションかビルでも建てられるそうな感じ)

通称キタバチ「スポーツランド北白川」
いかにも左京区らしい娯楽施設。何年か前に大学時代の何人かと京都で落ち合ったときにここでダーツしたり、ゲームしたりで時間を潰したのが最後か。

hohoemi
丸太町荒神口にあったパン屋さん。むちゃくちゃ美味しかったのに。ここのベーグルやキャラメルラスクは、ほんとにおいしくて大好きだった。閉店しあと後で閉店したということを知ったのが悔やまれる。あー、最後にもう一度、キャラメルラスク食べたかった。(妻に後で聞いたら、キャラメルラスクは、hohoemiと同じ方がやられている京都・夷川富小路角のドーナツ屋さん「ひつじ」の方でも販売されてるそうだ)

グリルアローン
大学に入学したての頃に、特大オムライスが名物だということで友達と食べに行った。そのボリュームばかりが注目されてたけど、実際、ここは何食べてもけっこうおいしくて好きだった。閉店したということを知ると、また食べたくなったけど、考えたら、かれこれ15年ぐらい足が遠のいてたわけだ。

WHOOPEE’S
八坂神社すぐそばにあった老舗のライブハウスだ。どうもオーナーがビルごと売却したのが閉店の理由らしい。
うーむ、なんか悲しいなぁ。

CafeDoji
足繁く通ったわけでもないけど、京都代表するカフェの一つだったので残念だ。妻も久々にDojiのカレー食べたいなーと思ってたところで、よもや閉店してるとは思わなかった。知らなかったけどDojiって1977年開店だったんだなぁ。なんか1つの時代が終わったような感じがする。

ちなみに、知らなかったけど、紀伊国屋のMOVIX店や、寺町のタニヤマムセンも閉店になってた。今出川通りのラーメン一番も消えたし、ハラドーナッツもなくなってたなぁ。知らんまにどんどん町は変わっていく。

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「トメダイン」が効きすぎてびっくりした。

一昨年のプラハやウィーンを巡る旅では、飛行機内であやうく粗相をしでかしそうになったが、それ以来、飛行機乗るのもびくびくしている。( ウィーン、プラハ巡り、の前に飛行機の中で漏らしそうになった話 – papativa.jp) 海外旅行などの長時間のフライトはやばい。特に機内食が振舞われた後ぐらいだ。異常にトイレが混み合う時間帯がある。そういう状況が不安をあおり、それが精神的なものだと頭では理解していても、カラダは反応してしまい、すぐに下痢になってしまう。一度、そういう経験をしてしまったことがさらに悪いイメージを痛烈に頭に残してしまい、忘れたくても忘れられない。

今回は、台湾(台北)経由でタイ(バンコク)へ行って2泊、その後また台湾に戻る、というツアーだった。日本から台湾。台湾からタイのフライト時間はどちらも同じぐらいの時間で、だいたい3.5〜4時間ぐらいだろうか。これぐらいの時間ならまぁお腹もなんとか持ちこたえられるだろうと思っていた。離着陸時の何十分間と機内食後の数十分を乗り切れば機内のすべてのトイレが埋まるということはそうあまりない。大丈夫、安心しろと自分に言い聞かせていた。しかし、予想に反してなのか予想通りなのか、旅行出発当日の朝からお腹の調子がすこぶる悪かった。前日から少し熱っぽかったということもあり、少し風邪気配含みの下痢に見舞われた。家を出発する前から何度もトイレに駆け込む始末だ。

関空まではなんとかなったのだが、関空でまた猛烈な下痢が襲ってきて、トイレを駆けまわった。空港なのでいくつでもトイレあるのだが、男子便所は意外と混み合ってて個室は埋まってることが多いのだ。結局、いくつかのトイレを巡ることになり、その間にまたしても粗相をしでかしそうになった。なんとも前途多難な旅の始まりだ。

このお腹の状態で搭乗することがすでにかなりブルーだったのだがフライト時間を変えるわけにはいかない。とりあえず、気休め程度にと、予め買っておいた「トメダイン」( トメダイン)という止瀉薬を試してみた。止瀉薬は今までも色々な試してきたけれど、肝心なところで効き目を実感したものはない。「ストッパ」なんていかにも急性の下痢に効きそうだったけれど、何度試してもまったく何の効き目も実感できなかった。今回購入した「トメダイン」は初めて買ったものだったが、正直たいした期待もしていなかった。薬局で止瀉薬を尋ねると「ストッパ」と「トメダイン」「ビオフェルミン」を勧められて、他の2つはすでに使っていたので消去法で選んだにすぎなかった。そもそも自分の下痢は精神的なところから来てるものだから、この手の薬でどうにかなるようなもんでもないだろうと考えていた。

ところが、これがむちゃくちゃ効いたのだ。 この時はまだ半信半疑だった。しかしこの旅でボクは「トメダイン」の効き目を実感することになる。

飛行機が離陸する頃には、お腹は調子を取り戻し始めていて、少し不安も和らいでいたのだが、それが「トメダイン」のお陰なのか、たまたまなのかはまだ判断できなかった。機内食が振舞われたが、ボクはお腹の調子のことも考えて、あまり食べないようにした。お腹はなんとなくモヤモヤとしたいまにも雨が降り出しそうな不安定な空模様といったところだったが、なぜかいつものような便意が襲ってこない。何か腸が無理矢理活動を止めてしまっているような感覚があった。
結果的には、タイまでは何の問題もなく持ちこたえられた。不思議な感覚だった。今までの整腸剤や止瀉薬では感じたことのない、直接腸に作用しているというような感覚。

「トメダイン」は1箱で6枚入りだ。水無しで飲めるフィルムタイプ。ボクはこの旅で5枚のトメダインを使った。そう。ほぼ毎日使ったということだ。結果的には、ほとんどトイレ受難を被ることなく済んだ。これはほんとに今までの旅行を考えると奇跡みたいなことだった。トイレの心配がいらない旅行。なんて素晴らしいのだろうか。この気持は多分、同じ病状を持っている人にしか実感できないだろう。ボクがいつもどれだけトイレのことを気にかけているか。それがどれだけの不安に苛まれているか。なにせ、旅行前にはいつも本気で成人用おむつを買うか買うまいかで悩むぐらいだ。さすがにまだ手にしたことがない。いつもドラックストアなので成人用おむつを眺めては、これに頼るようになったら、もう後戻りできないなぁと、なんとか思いとどまっている。

最終的に「トメダイン」が効くと判断したのは、旅の最終日前日。ボクが今回の旅の最大の勝負どころと考えていた北埔へ旅程でのことだった。もちろんそれまでも台湾では朝昼晩と三食すべて違う料理を屋台やらお店やらで食べあるきしてきたわけだが、その時々で不安な時に「トメダイン」を利用し、いつものようにトイレを探して駆けまわるというような事態に見舞われずに済んできた。このことだけでも十分に「トメダイン」の効き目にはある程度の信頼を置いてはいたのだが。
北埔はお茶の産地で、台北からは新幹線やバスを乗り継いでも2時間ぐらいはかかる。これを妻は金額や時間のことを考えてバスだけで向かうという計画を立てていた。そうなると最長2時間程度はトイレ無し、ノンストップのバスに揺られなければならない。これはボクにとってはなかなか無茶な旅程だ。

実は、出発当日の朝もやはり少し不安な状態だった。ホテルでも何度かトイレを利用し、バス乗り場へ向かう地下鉄の駅やターミナルでもトイレに駆け込んだ。こういう状況に陥る人にしかわからないだろうが、何回用を足したところで、まだまだ足りてない感じがお腹の中に残ってて、それらはいつでもボクに襲いかかろうとしているような状態が続いていた。駅でバスのチケットを購入した時、バス出発まであと数分という状態だったので、急いでバスに乗り込んだのだが、そのせいもあって、お腹をすっきりさせることができない恐ろしく危険な状態のまま何時間かのノンストップ、トイレ無しのバスに乗り込む羽目になったのだ。いつものボクなら、もうこの時点で不安で不安で、その不安だけでまた便利に襲われるというような状況に陥っていただろう。しかし、この時、ボクはバスに乗る前に「トメダイン」を服用していた。最後の頼り。効くかどうかはわからないが仕方ない。今の状況で何もなければ確実に便意はボクをバスから引き摺り下ろすことだろう。
途中、バスを乗車するところを間違えたりしていらぬ乗り継ぎをしたということもあるのだけれど、北埔へは結局3時間以上掛かっただろうか。しかし、「トメダイン」の効果のおかげか。ボクのお腹は途中から朝の調子が嘘のようにすこぶる快調に戻り、下痢が襲ってくるような気配は微塵も感じられなくなった。

北埔ですぐにお昼ごはんを食べて、その後ぐらいだろうか。ちょうど、「トメダイン」を服用してから4時間ぐらい経過したあたりで、また急激な下痢が襲ってきた。朝の連中の再来だ。「トメダイン」の説明書には、服用は4時間以上開けるようにと書いてあった。つまり、「トメダイン」の効き目はそれぐらいの時間だということなのだろう。ちょうど御飯屋にいたのでトイレを借りようとしたが、トイレは一つしかなく、しかも女性が2人並んでいる。一旦、店を出て、近くのコンビニに急いだ。

ちなみに、台湾にはいたるところにセブンイレブンやファミリーマート、そして日本で言うところのサークルK、台湾ではOKマートがある。しかし、トイレが備わっているところは少ない。その代わりトイレが備わっているところはたいてい看板にそのマークが大きく記されていてわかりやすくなっている。

北埔のバス停近くにはコンビニが2つあり、どちらのコンビニにもトイレがあるような表記があることは確認していた。そこのトイレをお借りしてなんとか持ちこたえることができた。しかし、やはりお腹の調子はかなりの下り坂。これはこの先もちょくちょく下痢が襲ってくるぞ、ということは過去の色々な経験から明らかな体調だった。そこで、その日2回目の「トメダイン」を服用することにした。その日までは、1日に2回利用したことはなかったのだが、状況が状況だ。この後も台北に帰途がある。すると、どうだろうか。またまた下痢はぱたりと止まったのだ。帰りも楽勝で持ちこたえることができた。
この経験から、この時、ボクは「トメダイン」の効き目を相当な自信を持って実感した。これは凄い。この薬は間違いなく即効性があり、効き目がある。旅行から帰って色々なウェブサイトを調べると、やはり多くの人が、「トメダイン」には即効性があると書いている。ただし、使いすぎると便秘を引き起こしたり、色々問題もあるようだけれど。

過敏性腸症候群で悩んでる方は、ぜひ一度お試しいただきたい。プラシーボでも何でも効き目があると信じられる薬があるというのはそれだけで気分が楽じゃないか。とにかく何が効いてるのかはわからなけれど、即効性があるというのが嬉しい。過敏性腸症候群の悩みのほとんどはトイレが確保しにくい場所や状況での突発的な下痢なわけで、この不測の事態に対応できなければ、どれだけ効き目があってもあまり意味がないわけだ。その意味では「トメダイン」の効果はすごい。長年突発性の下痢に苦しめられてきたボクが言うのだから間違いない。

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ケータイが壊れた場合のおサイフケータイの残金やデータの移動について

今、ケータイはドコモとソフトバンクでそれぞれ1台持ってて、ドコモはガラケー。ソフトバンクはiPhoneを使ってる。ドコモのガラケーの方を解約できないのは、おサイフケータイと通話品質、あと充電などなどの理由からだ。おサイフケータイと、普通に通話ができればどんなケータイでも問題ないので、約3年前に購入したSO706iを使い続けてた。
しかし、金曜日に手が滑って落としてしまい、なんとケータイ本体が真っ二つに割れてしまった。もともと経年劣化もかなり激しかったということもあって、仕方ない、買い換えるかと覚悟を決めた。

ドコモショップに行って見ると、自分でも知らなかったのだけど、故障保証のサービスに入ってたようで、同じケータイ電話の新品に5,000円弱で交換ができるとのこと。少し逡巡したがその保証サービスを利用することにした。新しいケータイにするにはそれはそれで多少の出費が必要になるし、あと面倒なのがまた操作を覚えないといけないことだ。だいたい一緒とは故、やはり機種ごとに微妙に操作の勘所は違うわけで、そういうものをまた学習しなければならないというのはなんとも気が重い。そういうのがむしろ喜びの人もいるのだろうけど。古い機種なので、最新のiアプリが使えなかったりということもけっこうあるのだけど、まぁ今利用しているおサイフケータイ類は大丈夫だろうし、ゲームなどもしないので、今のケータイのままなら、そのままが一番良いわけだ。費用は全額貯まってるポイントで処理もできた。

ここまでは良かったのだが、面倒臭かったのは、おサイフケータイの移行作業だ。まったく同じようなことを3年前にも経験しているが、前回はドコモショップでなんとか移行手続きを行えてもらえたのだが、今回は状況が違う。
(携帯電話の機種変更、おサイフケータイの移行 – papativa.jp
すでに旧端末は完全にぶっ壊れている。メールやブックマークなどのデータはなんとか救出できたのだが、おサイフケータイ類のデータ移行には、各アプリを起動してそこから端末変更や引越し手続きなどを行わなければならない。しかし、旧端末ではそれらの操作がもう行えない状態で、その作業ができないのだ。

Edyに関しては、「Edyレスキューサービス申請書」と「おサイフケータイ故障修理に伴う受付証」をドコモショップさんから発行してもら、これに身分証明証をつけてビットワレット社まで郵送してください、ということになり、他のサービスも、基本同じような手続が必要になると思うので、各サービス会社にお問い合わせしてお手続き下さい、というアドバイス。
はぁ、、、、なかなか気が重い作業だ。

同じようなことに遭遇している人も多いとは思うので、ボクが手続きしたおサイフケータイ各サービスの手続きについて簡単にまとめておこうと思う。基本、ウェブやケータイ端末上からの操作で完結できるものはなく、ほぼすべてコールセンターでの手続きか、郵送、書面での手続きとなった。申し込みは結構簡単にできるんだけど、こういうことが起きた場合には、ほんと面倒臭い。

■Edy
新しい端末側でアプリをダウンロードして、新しいEdy番号を取得する。
旧端末の残金を新しい端末のEdyに移行するのは、先ほども少し説明したが、「Edyレスキューサービス申請書」と、ドコモショップで発行してもらう「おサイフケータイ故障修理に伴う受付証」、それに運転免許証などの住所、名前が確認できる証明書のコピーをセットにしてビットワレット社に郵送しなければならない。
「Edyレスキューサービス申請書」には旧端末でのEdy番号を記入する箇所がある。わからない場合でも大丈夫なのだけど、こういう番号を控えてなかった自分が悔しい。次のことを考えて、新端末でのEdy番号は即1passwordに保存した。

■iD
DCMXを利用している。ドコモショップでiDアプリのダウンロードまでしてもらい、本来そこで設定まで行ってもらうはずだったのだけど、DCMXのクレジットカードを家に忘れてしまい、設定の方法だけ簡単に教えてもらった。単に、カード情報を入力すれば良いということだったのだけれど、家で試してみると、「携帯情報が一致しません」云々というエラーが出る。要は、旧機種に設定が残った状態になってるんで、それを一旦解除してからじゃないと駄目です、みたいなことなんだろう。それが出来ないから、ドコモショップでそのあたりの設定や手続きも行ってもらっていると思ってたんだけど、そういうわけじゃないようで、ひとまずドコモショップに電話して状況を伝えると、なんとDCMXカードの裏に書かれてある番号に電話してくださいとのこと。
電話して、状況を説明。ひと通りの本人確認が完了。センター側でデータの移行作業を行い、完了するとメールで通知があるので、再度アプリからDCMXカードの登録を行って下さいとのこと。データ移行作業には1週間程度かかるとのこと。
iDもメインで使ってるわけではないけど、一週間も中途半端な状態ってのか気持ち悪い。

■モバイルSuica
JR東日本:モバイルSuica>よくあるご質問>[各種お手続き]紛失・故障・機種変更など
を見ると、なんとなく一旦退会手続きして返金してもらうというよなことが必要そうだが、退会手続きをどこでできるのかがよくわからないので、こちらもコールセンターに電話。
048-645-7007

残金を引き継ぐ方法は、2つ方法があるという。
1つは、モバイルSuca側でデータの移行作業をするので、明日朝5時以降に新しケータイのモバイルSuicaアプリから再設定を行ってくれというもの。もう1つは、一旦現状のモバイルSuica会員を退会して、手数料250円で指定の口座に残金を返金するという方法。もちろん前者を選ぶ。ただ、前者の説明では案内がなかったけれど、再設定で残金を口座に戻す場合は手数料は500円かかる。
JRエクスプレス東海カードの方の設定もされてるので、そちらの情報変更も忘れないようにして下さいと、言われるが、エクスプレスカードの設定の覚えがないんだよなぁ。個人と会社で2枚エクスプレスカード会員にはなってるけど、はてどちらだろうか?

■nanaco(モバイルナナコ)
nanacoは最近あまり使ってなかったが、多少は残高が残ってたはず。
こちらもウェブからの操作云々ではどうにもならなさそうなので、コールセンターに電話した。
状況説明後、本人確認。nanacoもnanaco番号を記録してなかった。Edyもそうだけどちゃんと記録しとかないとなー。

0570-071-555(ナビダイヤル)
または0422-71-2266

nanacoの場合は、アプリをダウンロードして電話で教えてもらう八桁の引継ぎ番号を入れることで情報移行がなされる。
アプリダンロード→再発行→引継ぎ番号で終了。その後、nanacoを起動してこれもすぐにnanaco番号を1passwordに控える。
ただし、残金はこの状態では移行されない。残金は、郵送でnanacoから送られてくる申請書類に記入して本人身分証明書などを添えて返信することで移行されるとのこと。

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何かと誤解されまくった「たま」というバンド

Tamanoeiga 京都シネマに「たまの映画」を観に行ってきた。

映画自体は、実はすでにDVD(たまの映画 DVD-BOX )を買っていたので、それで観ていたのだけど、今日はGさんこと、元たまのベーシスト滝本さんが来るということで、それなら映画館でも観ておこうと出かけた。
いくらGさんが来るといっても、「たま」だしなぁと高を括ってのだけど、なんと立ち見も出るぐらいの大盛況で、少しビックリした。今でも「たま」を愛している人は結構いるのかもしれない。

最近になって、社員の中のある人も「たま」のアルバムはほぼコンプリートしているということを知ったり、懇意にさせてもらってるパートナーさんが実はけっこうファンだったり、妻の大学時代の先輩とかも高く評価してる人が何人もいたりと、意外や意外、ボクの周りにも「たま」ファンはいたのだ。

ボクは中学〜高校時代にナゴムを追いかけていてインディーズ時代の「たま」と出会い、大ファンになったのだが、「たま」が好きだというと、特に彼らがメジャーデビューして有名になった後では、どうも変な目で見られてしまうことが多く、説明も面倒なので、いつからかボクは「たま」が好きだということを人に言わなくなった。
(という意味では、岡村靖幸と似てるのかも。少なくともボクは岡村靖幸が好きだと大声で言うのは恥ずかしい。)


(Gさん独特の曲調。今日、Gさんが演奏した曲。たまの映画ということでたま時代の曲を弾き語りしてくれた。)


(ボブディランのカバー。ディランが聴いたら吃驚するんじゃないだろうか。)

「たま」ぐらい誤解され、過小評価されたバンドもないんじゃないかと思う。
多くの人の「たま」のイメージは、キワモノの一発屋集団という感じだろう。特に、パーカッションの石川さんなんかは誤解が多いんじゃないかと思う。あの山下清風の身なりや、ガラクタをパーカッションにして適当に叩いてるようなしか見えなかったり。音楽性みたいなものとは無縁の存在として完全に色物に勘違いしている人が多いだろう。でも、石川さんのパーカッションって実はむちゃくちゃ凄い。ちゃんと聽いて見るといい。寄せ集めのガラクタを無造作に叩いているわけではないことが解るだろう。むしろ、曲にあわせて相当緻密にアレンジしていることがわかるだろう。最近だとトクマルシューゴとかが同じようなことをしてるけど、全然石川さんだって負けてないと思う。

竹中労は「たま」を日本のビートルズだと絶賛していたが、ボクも「たま」にビートルズの影を追いかけていた時期があった。共通点は多い。メンバーは四人。四人全員がシンガーソングライターであり、自分の曲を自分で歌うというスタイル。メンバーのキャラクターと曲調も似てる。独特の寂しく恐い歌とメロディの知久くんはジョン。メロディアスでキャッチーな曲が得意の柳ちゃんはポール。半音階進行や、なんとも言えないテンションを使うGさんがジョージ。そしてムードメーカーでパーカッションの石川さんはリンゴ。知久くんと、柳ちゃんのコーラスワークは、ジョンとポールを思わせるぐらいに素晴らしくマッチし、曲に独特の世界観やトーンを生み出す。基本的に、全員が複数の楽器を操るマルチプレイヤーで、大部分の楽曲を四人だけでこなす。こじつけに近いものもあるけれども、共通する箇所を見つけようとすれば、いくつでも見つかった。


(知久くんの真骨頂。こんな世界観の曲を生み出せるバンドがあるだろうか?)

そして何よりその楽曲の素晴らしさだ。いや、まじでこんなに名曲が多いバンドもないんじゃないかというぐらいに一つ一つの曲のクオリティが高い。どの曲のアレンジも実に秀逸で、そのアレンジ、そのコーラス以外は考えられないというぐらいに、よく練られ、少ない楽器で、曲の世界観を見事に表現してしまう。

デビューする前には、大阪のライブハウスで何度かライブを見たが、初めて見たときは、なぜかわからないけど泣いてしまった。なにかよくわからないけど感動すると人は泣くんだなということを実感したのはそれが初めての経験だったかもしれない。それぐらい彼らが創り上げる世界は独特で、強烈なものだったのだ。


(柳ちゃんは、ほんとにキャッチーでメロディアス、親しみやすい曲を作る。)

それぞれがソロで十分にやっていけるぐらいの強烈な個性を持ちながら「たま」という傘の下では見事な調和を見せる。
先入観なしに、純粋に彼らの曲を聽いて見ると、本当に驚くと思う。それはもう何にも似ていない。「たま」の音楽としか喩えようがない圧倒的なオリジナリティを持っている。今、聽いても全く色褪せていない。


(最後は石川さんの楽曲。たまはプログレッシブバンドだったのだ。)

「たま」は本当に素晴らしいバンドで、ある意味、日本を代表するバンドだったと思う。この歳になると、もう誤解とかも恐くないというか、純粋に、彼らのことをちゃんと知らない人たちの一人でも多くが、こんな素晴らしいバンドがあったのだということを知ってもらえたらなと思うので、こういうエントリーを書いて見た。

映画の方は一度見てるとはゆえ、やっぱり映画館で多くのたまファンの人たちと一緒に時間を共有すると、また違った感じがした。もう彼らが再結成することもないし、一緒に演奏することもないんだなぁということ何かすごく寂しい気持ちになったし、一方で、3人が3人とも「好きなこと」だけをして、「普通」に暮らしていってることに少し嬉しくなった。今度、Gさんが京都に来たらまた観に行こう。

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「コクリコ坂から」はとてもハッピーな映画

スクリーンショット(2011-07-31 23.17.39) 「コクリコ坂から」を観てきた。映画館でジブリ作品を観るのは本当に久しぶりだったけれども、いやぁ感動した。思い立ってふと観に行ったけれど、ほんと観て良かった。たぶん、DVDも買うし、出来ればもう一回映画館に観に行きたいぐらい。

一緒に観に行った妻と、傑作すぎるだろ、ということで同意し、これはと、普段は手にしないパンフレットと、映画の原作のコミック本まで買ってしまった。とにかく良い映画、色々な愉しみ方が出来る映画だ。古き良き時代の日本や日本人の姿にノスタルジーを馳せるのも良ければ、今時映画でしか見られないような、なんとも模範的な少女と少年のまっすぐな恋に焦がれてもいいだろう。

恋と俊の関係に、「耳をすませば」を思い起こす人もいるだろう。ボクの場合で言うと、「耳をすませば」の方には、直視していらないぐらいの気恥ずかしさみたいなものを感じたし、そのあまりにも理想的すぎる性格やら二人の関係やら強い意志やらに、なぜか自分に振り返って考えて惨めになってしまうというか、悔しさみたいなものを感じたのだけれども、この映画で感じたのはそういうものとは全く違う感覚だった。それは、自分が単に歳をとったというだけなのかもしれないけれども、海や俊の恋は、純粋に応援したくなったのだ。映画の中の理事長みたいな感覚か。だから、中盤で二人の秘密が明らかになった時、ボクも二人と同じようにとてもがっかりした。ひどい話もあるもんだ、と、なんとかならんもんかいなと色々思案を巡らせたぐらいだ。
(ネタバレあるよ)

ふとしたことから、実の兄妹だということを知ってしまった二人。兄妹でなければ、これからバラ色の恋愛生活、学園生活が待っていただろうに、なんたる不幸。その二人の悔しさや辛さ。しかし、このストーリー展開って、実に俗っぽいというか、下手なメロドラマみたいな安っぽい設定だ。今時、そんなベタな設定が….とツッコミたくなるぐらいベタなのだけど、この映画が成功しているのは、この最も扱いの難しい設定のところを劇的に盛り上げないようにしたところではないか。下手にひっぱりすぎず、またかといって蔑ろにもしない。
並行して、男子学生の部活動や研究活動などの巣窟である「カルチェラタン」の存続を賭けての集会や大掃除、理事長への説得というところとのユーモラスさというか、前向きさというか、こちらの筋とのバランスが絶妙だ。この対比があるから、なおさら、理事長への直談判の帰りに、海が自身の解釈とそれでも好きだということを俊に訴えるあのシーンにはぐっと来るものがあるんだろう。そこからの展開もそんなうまく行くのってぐらい、うまく行きすぎていくんだけれども、その疾走感は実に爽快だ。うむ。やっぱり映画はハッピーエンドでなければ。

また、この映画の魅力は、この時代の日本の姿や、映画に登場する今はもうすっかり見ることはなくなってしまった様々なな道具やその道具を使う人々の所作だ。(という意味では、「ALWAYS 三丁目の夕日」とかが醸しだすものとも近いのかもしれない)
海たちが暮らす海を見下ろす山沿いの高台に立つ洋館や、学生会館のカルチェラタン、多くの人が行き交い、活気を見せる下町の商店街。この映画に出てくるあらゆるモチーフが好きだ。冒頭シーンでの、朝起きてから釜に火を入れたり、花瓶の水を換えたり、目玉焼きを作ったり、旗を上げたりという一連のシーン、ここだけで一気にボクは映画に引きこまれてしまった。このシーンで、この海という女の子がこういう暮らしを毎日当たり前のように続けている、毎日の生活を細かいところまで手を抜かずにきちんとやっているのだな、ということがわかる。映画全体が持つトーンがこの冒頭で決定的になっていて、ほぼこのシークエンスだけど、あぁこの映画はボクにとっていい映画になるに違いないと確信できたぐらいだ。

なぜ、今、宮崎親子は、1963年という時代を映画の舞台としたのだろうか。
カルチェラタンの取り壊しへの反対集会に、俊が口上をかます。

古くなったから壊すというなら
君たちの頭こそ打ち砕け!
古いものを壊すということは
過去の記憶を捨てることと同じじゃないのか!?
人が生きて死んでいった記憶を
ないがしろにするということじゃないのか!?
新しいものばかりに飛びついて
歴史を顧みない君たちに未来などあるか!!
少数者の意見を聞こうとしない君たちに
民主主義を語る資格はない!!

脚本が父宮崎駿だが、このへんの主張には、いかにも宮崎駿らしさを感じる。たぶん、俊の若さや真っ直ぐさ、素直さに、自身の思いを語らせたのではないかと思う。この時代の人々や暮らしの中に、今の僕たちが忘れてしまった何か重要なものがあるんではないか、ということを考えさせてかったのではないだろうか。

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