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AudioGalaxyは神アプリだと思う。

気づいたら今日は誕生日だ。誕生日一発目のエントリーで且つ久々のエントリーなのに、どうでもいいiPhoneのアプリを紹介する。

iPhoneのHDD容量が逼迫してきたので、アプリの整理やらデータの整理をした。
この機会に、Simplify Mediaの替りになるアプリを探すことにした。Simplify Mediaは、PCのiTunesで管理している曲をiPhoneアプリから3G経由で聴くことが出来る神アプリだったのだが、Googleに買収されてしまって、サービス自体が中止になってしまった。Simpify Mediaがあれば、iPhoneにたくさんの曲を詰め込んでおかなくても3G回線さえつながれば、PCで管理している膨大な曲が聴ける。

で、ググってみると、AudioGalaxyというアプリが本命っぽい。さっそくダウンロードしてみた。
噂に違わぬ出来映えの良さだ。こんなものが無料で提供されていることに驚きだ。とにかく今のところほとんど不満がない。一部日本語が文字化けするとかはあるけど、たいした問題ではない。サービスが中止されないことを祈るばかり。

使い方&設定もすこぶる簡単だ。iPhone側にはアプリをダウンロードする。facebookアカウントを持っていればそれでコネクトできる。PCの方もMac、Windows版両方ソフトがあり、それをインストールするだけだ。すると、PCは専用のウェブサイトから自身のPC上の音楽ファイル類をスキャンしてくれる。ネットワーク越しのHDDとかもスキャン対象に指定できる。ウェブページのSettings の Change Music Foldersから、スキャンする対象の音楽ファイルがあるフォルダーを指定する。ただし、指定できるのはフォルダー単位で、そのフォルダーにあるすべての音楽ファイルをスキャンする仕様だ。スキャンには相当な時間がかかる。そりゃまぁ100G以上あるから仕方ない。

iPhoneからは専用のアプリで操作するが、素晴らしいのは、バックグラウンド再生が出来ることだ。マルチタスクだから当たり前なのかもしれないが、ボクが使ってた頃のSimplify Mediaでは出来なかった。TwitterやFacebook、RSSクライアントなどを立ち上げて操作しながら、AudioGalaxyで音楽を聴ける。使い勝手はほぼiPodアプリと変わらない。母艦となるPCが起動していて、且つ3G接続さえできれば、手元に何万曲という曲がある状態が作れる。これはほんと便利。今日も大阪への移動でずっと使ってたけど、音声が途中で切れることもなく、安定して聴き続けられた。アプリ利用でのバッテリー持ちも、思ったほど悪くない。いやー、これはほんとに神アプリだ。

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「小説ラジオ」があまりにも素晴らしかった

小説ラジオ 「小説ラジオ」は、高橋源一郎さんが毎晩0時から小説を執筆・ツイートする。その模様をUSTで中継するという、ほぼ日が主催した企画だ。5夜にわたって繰り広げられたこの企画。ほんとに素晴らしい企画だったと思う。この催し全体が一種のアートだったといえば簡単というか、アートという手垢のついた言葉で括ってしまうのが惜しいようなそんな企画だったと思う。

本物の作家が、ずっと「言葉」と格闘してきた正真正銘のプロの言葉の使い手が、言葉を生み出す瞬間をUSTで中継する。かつてUSTでこれほどまでに静かで動きのない中継があったろうか。画面が捉えてるのは、高橋源一郎がパソコンに向い、時には深く思い悩み、時には手元にある参考の文献に目を向け、メモを漁ったりしながら、キーボードを叩く様をたんたんと流しているだけだ。動きらしい動きはない。視聴者に何かサービスとして愉しんでもらうような仕掛けも一切ない。聞こえる音はキーボードを打つカタカタという音ぐらい。しかし、その画面から溢れでてくる緊張感は凄まじいものがあった。何もなく、ただ言葉を紡ぎ出す、ただその姿を捉えたからこその緊張感だったのだろうと思う。

毎夜綴られる「小説」それ自体は、Twitterのツイートなので後から読み返すこともできる(参考:Togetter – タグ「小説ラジオ」のTwitterまとめ)。しかし、その言葉が生まれるその瞬間、その様に立ち会うということは後追いすることが不可能な体験だ。たとえUSTの中継が録画されてて、後から見返すことができたとしても、それに価値がないとは思わないけれど、やはりその時、その瞬間に立ち会えることの幸せとは比較にはならないだろう。言葉を産み落とす小説家の姿と、それを見守る人たちのツイート。これらが一体となって、本当に本当に密度の濃い時間が生まれていた。金曜日の最終日、この日は東京から淳さんも来てて、数人で飲みにいった。いつもなら明日が休みということもあるし、2時、3時コースになるところだが、これだけはどうしてもリアルタイムで見届けたいという強い思いから、途中で抜けさせてもらった。

ボクはこれを毎夜見たことを決して忘れないだろうと思う。

「小説ラジオ」というタイトルも秀逸だ。ボクは、先ほど、毎夜「小説」が綴られると書いたけれども、実際、書かれたものだけを拾いあげて読めば、これは「小説」なの?という疑問も持つかもしれない。第四夜目までは、引用も多く、引用の中から、自分がずっと考えてきたことの筋道やヒントみたいなもの、垣間見た真理みたいなものが語られる。どちらかというとエッセイや批評に近い表現形態だろう。しかし、ボクは、これはやはり「小説」なのだと思ってる。それは源ちゃん(と、親しみと敬愛を込めてこう呼ばさせてもらうが)が常々言ってるような、「小説」という表現形式は、文学の形式の中でも、もっとも後になって登場してきたものであり、それが故に、何よりも自由だ、という意味において、この取り組みそのもの、この企画全体が「小説」だと思うからだ。

そして「ラジオ」。この企画の中で、源ちゃん自身が「ぼくが「小説ラジオ」ということばを使うのは、「ラジオ」というものが好きだからだ。」と語っている。

テレビはただ眺めていればいい。ラジオは、耳を澄ませて、全神経を耳に集めて、聞かなければならなかった。3歳か4歳の頃、ぼくはそんな風にして、布団の中で、夜、離れたところから聞こえてくるラジオの音に耳をかたむけていた。すると、聞こえてくるのは、ラジオの音だけはなかった。
たくさんの、たくさんの音が聞こえたきた。たとえば、雨の音に何種類もあることを知っているだろうか。強い雨、弱い雨、そのリズムが変わる雨、ポツポツと断片となって降ってくる雨。トタンの屋根を、雨は複雑に叩き、ぼくは、その音を聞いているだけで飽きることがなかった。

ボクたちは、まるで深夜に布団の中で、「ラジオの音に耳を澄ませ、全神経を耳に集めて、聞」くかのように、源ちゃんが生み出す文章を読んだ。ツイートにのせて文章が届けられるのを愉しみに待ちながら。新しい文章が届けられれば、それを食い入るように読んだ。次の文章が届けられるまでの間は、なんどもなんども今までの一連の文章を読み返し、自分の経験や考えに照らしだしてみた。それは、初めて文学に触れた時、面白くて面白くて、ついつい夜更かしして読んでしまった学生の頃や、読んだことのない、自分の知らない作家をもっともっと読みたいと切望したあの頃に少し似てると思った。こんな風に言葉を待ったのはいつ以来だろうか。こんに次の言葉、次の文章が愉しみになったのはいつ以来だろうか。

4061975625ボクは高橋源一郎さんの大ファンだ。彼の「さようなら、ギャングたち」を初めて読んだときは本当に衝撃だった。当時は現代文学やポストモダン思想みたいなものもよくわかってなかったので、彼の作品が文学史においてどう位置づけられるのかといったことはわからなかった。でも、かつて読んだことのない世界がそこにはあった。文学というものの自由さや、あるいは自由であることの不自由さ。そして言葉が言葉そのもので十分愉しめる強度を持っているということを痛感した。あのワクワクした感じはなんだろう。長く、いろいろな小説を読んできたけれど、ああいう感覚を味わえることは多分、そんなに多くはないはずだ。ボクの文学や言葉というものへの考え方を変える大きなキッカケとなったのは、高橋源一郎さんの存在がすごく大きいのだ。

このブログでも何度も言及しているけれど、彼ほど書くことや言葉というものについて深く悩み苦しみ、そして格闘してる作家はいないんじゃないかと思う。もちろん、作家である以上、誰もが「言葉」については世間一般の人たちよりはずっとずっと深い思いがあるはずだろうけれども、彼ほどの切実さを持って、人生すべてをかけて言葉に取り組み、とり憑かれた人はいない。そして、今回の「小説ラジオ」も、結局のところ、すべて「言葉」というものに対しての姿勢やスタンスや、考え方についての言及だった。やっぱりそこなんだ、ということがわかって、ボクはそれがやはりとても嬉しかった。言葉について言葉で語ろうとすることは、常に自己言及の矛盾にぶち当たる。そんなことは源ちゃんは百も承知だろう。が、それでも語らずにはいられない、考えずにはいられない。そんな彼の姿にボクは、本物の作家の姿を見た。

最新作「さよなら、ニッポン 」は、もう本屋には並んでいるようだけど、ボクはAmazonで予約中だ。早く読みたい。

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ルーシー・リー展の感想

Lucierie-2 先週の日曜日(2月6日)は、淀屋橋にある大阪市立東洋陶磁美術館に、ルーシー・リー展を妻と行ってきた。
14時過ぎに美術館についたのだが、予想以上の長蛇の列ができていてびっくりした。係の人によると、平日や休日でも午前中なら空いてるとのこと。ルーシー・リーってそんなに人気なのか。テレビや雑誌で特集でもされたのだろうか。
並ぶのは嫌いだけれど、その日は比較的暖かくもあったし、これだけのコレクションが集まる展示会は、次いつ見られるかわからないわけで、意を決して並ぶこと1時間。やー、並んだ甲斐がありました。かなり良かった。展示物はもちろんだけど、展示数も、順序やライティングの感じも丁度良いぐらい。人がいっぱいなので落ち着いて見られないのではないかという心配もあったけれど、混んでいたものの、けっこう自由に1つ1つの作品をじっくり愉しめた。

僕は陶磁器に詳しいわけではないけれど、リーの作品には、それを触ってみたくなる、持ってみたくなる何かがある。
例えば、彼女の代表的な釉薬の1つ「溶岩釉」の作品なんかは、ほんとに見てるだけで、その手触りや感触が伝わってくる。ざわざわって生理的に働きかけてくる感じだ。

なんとなくだけれど、彼女の作品には、何かしらの不安定さみたいなものがある。フリーハンドによる掻き落とでの揺らぎを持った線や、そこから発展した螺旋文や鎬文(「しのぎもん」って読むらしいが、美術館で僕は読めなかった。)が描かれる作品。そして器自体が持つ歪みなどもそうだけれど、それらは、決して「完璧」でもなければ「確実」なものでもない。どちらかというと「隙」とか「余地」みたいなものが残されてる。でも、そういった隙とか余地みたいなものが、むしろその作品の一回性を際立ててるようにも思える。いろいろな偶然や奇跡が起きて、こんな作品ができあがりました、みたいな、そんな喜びみたいなものを感じた。

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HDD交換、GUIDパーティションテーブル、FileVault、TimeMachine もろもろ

悲劇は、HDD交換から始まった。
HDD交換はなんだかんだとありながら、それから起きたことに較べればえらく順調だったと言える。
せっかくHDD交換して、すっきりもしたし、マシンの挙動もきびきびしたことだからと、欲張ってMac Box Setを購入し、さぁSnow Leopardのインストールに望んだのだが、いきなりGUIDパーティションテーブルでないのでインストールできません、というわけのわからんメッセージ。

●HDDがGUIDパーティションテーブルではない
色々調べてわかったことは、HDD交換の際に、パーティションテーブルのことを何も考えずにディスクユーティリティでフォーマットしたのだが、その状態だと、なんとAppleパーティションテーブルというSnow Leopardがインストールできないパーティションテーブルになっちゃうということだったのだ。なんだよそれ。フォーマットしますか?って訊かれたからフォーマットしただけなのに、なぜ、その状態では不完全なのだ?
(ということで、MacでHDD交換するときは、パーティションテーブルには気をつけましょう。必ずGUIDパーティションテーブルかどうかを確認するようにしたほうが無難。)
パーティションテーブル変更には、一度HDDを初期化しなければならない。HDD容量が増えということもあり、外部HDDに分散させたものを内部に持ってきたりなんだかんだと時間のかかるファイル移動作業などを散々やったのに、また同じようなことをしなければならないとうわけだ。また時間がかかる…

●FileVaultが切れない
その作業がてら、以前から気になってたFileVaultについてもついでになんとかしたいと考えた。FileVaultをボクはよくわからず、なんとなくこれを「入」にしておいたほうがセキュリティ上良いのではないかと、「入」にしていたのだけれど、どうもこいつがTimeMachineとの相性がよくないらしい。そんなことも知らずにずっとTimeMachineを使ってたのかと笑われそうだが、FileVaultを使ってると、結局、ホームディレクトリは、まるごと暗号かしたイメージファイルでバックアップをとらなければいけないので、TimeMachineの利点の差分バックアップができず、毎回バックアップに時間がかかる。また、暗号化されてるイメージファイルを毎回ログイン時にマウントするので、ログインログオフ処理が重くなる。Macに詳しい色々な人のブログを読んでも8~9割ぐらいの人が、FileVaultには懐疑的で、利用しないほうが良いというようなことを言ってるではないか。さらに、何もわかってないことの究極として、FileVault設定をしていると、ログイン中のホームアカウントのデータはTimeMachineにバックアップされないということ。これを知らなかったことが、のちのち悲劇を招く。

とにかく調べれば調べるほどFileVaultの評判は芳しくない。ということで、「切」にしようと試みたわけだけど、この試みも挫折する。ホームディレクトリのデータ量が多すぎたのか、「切」にするまでにかかる所要時間が10時間、11時間、12時間とどんどん伸びていくのだ。そして、HDDからは今まで聞いたことのない盛りのついた猫の叫び声のような音がどんどん大きく鳴り響き、このまま続けてたらHDDが爆発でもしてしまうんじゃないだろうかという恐怖心もあおられ、「切」にするのは一旦諦めることにした。うーむ。

◆参考
Apple サポートコミュニティ: FileVaultを切れない

●TimeMachineのバックアップが終わらない
FileVaultを「切」ることができなかったけれど、いずれにせよHDDのパーティションマップを変えなければいけないことには変わりない。なんか楽な方法がないものかと調べて、TimeMachineでバックアップとって、そこから復元する方法をとるのが一番楽なんじゃないかと思い、TimeMachineを手動起動したのだけれど、これがまたすごい時間かかった。準備中のままずっと動かない。これも色々調べて、Spotlightのインデキシングを切ったり、なんだかんだとしつつ、結局、以前に何度か途中でTimeMachineを止めてしまったのが悪かったようで、ひたすら待つしかないだろうという結論で、約2日。ほぼ1日「準備中」状態、2日目からバックアップ開始でなんとかかんとか終了までこぎ着けた。

◆参考
Time Machineのバックアップが遅いとき (kimada’s weblog)

time machineでのバックアップがものすごく遅くなっています。 – Macintosh – 教えて!goo

●FileVaultとTime Machine併用の悲劇
最新のバックアップ状態ができたので、Leopardの起動ディスクから起動(Cを押しながら起動)して、メニューから「Time
Machineからの復元」を選んで、復元元、復元先を指定して復元を開始。これは2時間ぐらいで終了し、なかなか順調じゃないかと思っていたら、今度は、自分のアカウントにログインできないではないか。
そう。例の、FileVaultが「入」状態だと、そのアカウントでログインしてると、TimeMachineではそのアカウントのホームディレクトリはバックアップされないという仕様だ。つまり、最新のデータをバックアップから戻したのはよかったものの、そのバックアップには、ボクのホームディレクトリはなくなってしまっいる状態だったのだ。ログインしようとすると、「今はFileVaultユーザーアカウント”アカウント名”にログインできません。エラーが起きたため、アカウントへのログインに失敗しました」というエラーメッセージ。

◆参考
Apple サポートコミュニティ: TimeMachine FileVault 復元後ログインできなくなりました

いやはや、どうしたものか。ひとまずたまたまもう1つ何かあったときのために管理者権限を持ってるアカウントを1つ作ってたので、まずそちらでログインしてみた。「ユーザー」ディレクトリには、なぜか、「ユーザー名1」(「ユーザー名」は、もともとのボクのディフォルトのユーザーアカウント)というフォルダーがある。権限がないのでアクセスできない状態なので無理矢理権限を変えて中身を見るが、中は空っぽだった。
TimeMachineの最新バックアップをのぞいて見るも、ログイン状態でバックアップをとっていたわけで、当然空っぽ。TimeMachineは手動で気が向いた時にバックアップを動かしていたけれど、その時はほとんどが、自身のアカウントでログインしている時だ。なので、過去のバックアップデータを探すも、どれもホームディレクトリには何も残っていない。なんてこった。結局、さかのぼっていって、12月初旬のバックアップデータにかろうじて、「ユーザー名.sparsebundle」というイメージファイルが残ってた。おそらくだが、TimeMachineを起動して、すぐに妻のアカウントに切り替えたのだろう。12月のデータならまだなんとかなるだろう。しかし… ファイルの変更日は2007年12月15日というのが気になるが。

●FileVaultで暗号化されたホームディレクトリのイメージファイルがマウントできなかったので…
まず、この12月のバックアップのイメージデータを、てきとうな場所にコピーする。なんとなくマウントできないかなーと思い、ダブルクリックしてみるけれど、「Socket操作の権限がない」云々というメッセージがでて、マウントできない。ディレクトリのパーミッションの問題なんだろうかと思いつつ、色々試してみるもよくわからない。しょうがないので、ユーザーディレクトリにあった「ユーザー名1」のディレクトリを、「ユーザー名」に変更し(そのままでは変更できないので、まず「ユーザー」ディレクトリに、ログイン中ユーザーが読み書きできる権限を与えてから)、そのディレクトリにこの「ユーザー名.sparsebundle」ファイルを入れる。で、そのユーザー名でログイン。すると、うまくログインすることができた。とはゆえ、バックアップされてたのが昨年12月のデータということで、やっぱり古い。ただ、ファイル自体の最終更新日が2007年なので、少し気になっていたけど、中身が壊滅的なことはない。
そもそも写真や音楽類のデータは、ボクはもともと外付けHDDに全部突っ込んでるので、他のアプリケーションなどのデータなどはたいしたものはなかったのだ。
再度、その状態から、以前失敗したFileVaultの切り作業を実施してみたが、なぜかはよくわからないが、今回は約1時間ぐらいで「切」にすることができた。もう二度とFileVaultは使わないと心に決めた。

●設定回復
なんとかかんとかホームディレクトリは数ヶ月前の状態に戻せたものの、やはり各種アプリケーション類の設定はかなり古い状態なので、それの再設定を行わなければならない。
ログイン項目やらアドレス帳やらのデータはMobileMe から復帰させられる。プライベートのメールは全部Gmail上にあるので特に問題もない。って考えると、実は、けっこう古いバックアップファイルからでも元の状態に戻すのはそれほど大変なことでもなさそうだ。

◆Chrome
Chromeはらくちんだ。
Chromeは、アカウントで同期をとっててるので、ほぼそれだけで最新の状態に復元できた。ただ、Greasemonkeyスクリプトはバックアップされないので、これは手動で再設定しなければいけない。といっても僕が利用してるのは、Amazonのアフィリエイトリンク作成用のこれ「Amazonの商品を最速でブログにコピペできるGreasemonkey「Amazon Quick Affiliate (JP)」 [C!]」を入れてるだけ。インストールして、Amazonに行って再設定を行う。

◆Evernote
Evernoteは、ローカルデータが全部消えていたので、再度ダウンロードしての同期。これはかなり時間がかかる。でも、基本的にデータは全部クラウド側にあるので、これも特に問題ない。

◆iTunes/iPhone
iTunesは音楽ファイル類はホームディレクトリではなく、共有ディレクトリで妻のアカウントと共用しているので、特に問題はなかったけれど、iPhoneやiPadアプリはなんだかわからんが、接続したら全部のアプリデータがiPhone側に移行されてしまい、もともとのフォルダーやらカテゴリ分けやらがむちゃくちゃになってしまった。各アプリの設定情報も消えてしまい、しこしこ再度設定をしなおした。かなり面倒臭い。

◆etco
etcoも古いデータばかりになってしまったので、最新のデータをブログからダウンロードしてくる。最近は書きかけのものはevernoteに保存するようにしてたので、草稿データ喪失の被害は最小限に留めることができた。

◆1Password
1Passwordのデータはすっからかんだったので、iPhoneと同期をはかって復帰させた。iPhoneでも同期しておいてよかった。この手のデータがいろんな端末やバックアップに分散してるのはどうなんだろう思うけれど、いざという時は助かる。今回、データがなくなった場合に、一番ダメージが大きかったのはおそらくこのソフトのデータだ。

なんとかかんとか、ほぼ元通りのところまで戻せた。
いったんこの状態で、今度はFileVault切状態で初めてのフルバックアップを取得して、それからようやくSnow Leopardのインストールに入れる状態になる。今日はここまで。

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29日(土)麻雀大会

29日(土)は、恒例の麻雀大会。今回が5回目。なんだかんだと続いてる。今年の会場は滋賀唐崎にあるKKRホテル。

今年初めて参加してくれた人たちが社内外あわせて5名。総勢14名に参加頂いた。ブログを通じて知り合ったdoumoriさん(アナログなWEBアカウントプランナー)や、京都でソーシャルゲーム等の開発を行うスプーキーズ代表の西塚さん。そして、もりたろう(もりたろうブログ)の友人なども参加してくれて、本当に嬉しかった。打ったことのない人と卓を囲むというのは新鮮だ。

直前で風邪や仕事の都合で来られなくなった人が何人がでて、元々想定していた4卓をフルに使ったトーナメント戦ができなくなったのは残念だったけれど、それでも14名が休日に唐崎に集合できたというのは凄いことだなーと思う。この大会を始める前って、ほんとに面子集めるのもけっこう大変だったから。感慨深いものがある。
いつも感じることだけど、ある年齢層以下になると、途端に麻雀できる人が減る。ボクは高校の頃に麻雀を覚えたけれど、今の高校生たちはやらないんだろう。麻雀ってゲームとしてはすごく複雑だし、覚えないといけないことが多い。役にしても、点数計算にしてもやる気がないと覚えられない。ゲームが愉しくなるまでに必要な労力というか時間が相当かかる。そういうゲームは今向きではないだろう。でも、麻雀ぐらい面白いゲームはないんじゃないかと、ボクは真剣に思ってる。賭け事としてじゃなく、純粋にゲームとしてみてもこんなにバランスが良いゲームはない。バラスが良いというのは、うまい人でも下手な人でも、それなりに愉しめて、また必ず強い人が勝てるわけでもなく、ある程度は運も勝敗に影響を与えるというところ。そして、その運のやりとりみたいなものが、麻雀をやってると目に見えるように分かる面白さ。

さて、いつもの年は、バラバラでゲームを開始して、各卓ごとに終了時間もバラバラ。うまくタイミングがあえばメンバーチェンジして打って、みたいにその場に合わせて適当にやっていたけれど、今年は初めてゲームに時間制限を設けて、全員が同じ時間に開始し、同じ時間に終了するという方式をとった。これによって、毎回メンバーをきちんと入れ替えて打ったことのないメンツで卓を囲むということができるようになった。これは意外と良かったと思う。確かにゲームとしては、中途半端なところで終わったり、自分の親番が回って来なかったりの不公平があったりもするけど、時間制限があることでちゃんと大会っぽくできた。また、自分が休み番の時もわかり、いつ次のゲームが開始するのかがわかることで、お風呂に入りに行きやすくもなる。
麻雀ルーム自体が禁煙だったのも良かった。喫煙者の方にはきつかったかもしれないけれど、狭く喚起の悪い部屋でのタバコはこもってしまって服に臭いがしみつく。タバコを吸ってなくても、こもった煙を吸い続けてると頭が痛くなったり、気分が悪くなったりするけど、今年はそれがなくてかなりクリーンな環境で麻雀に没頭できた。

大会は1人最低6戦を行い、トータルの点数で順位を決めるという方式をとった。午前中3試合、午後4試合の計7戦だったが、午前は1試合40分制限。午後は1時間。午前の40分制限というのはかなりキツくて、ほとどの卓が南場にまで行けないぐらいだった。
午前の3試合終了後に、皆でご飯。その後、午後の部へ。
午後の部の1試合1時間という制限はちょうど良い長さじゃないだろうか。長すぎず、短かすぎず。午前の戦いは制限時間が厳しすぎたということもあるのだろう。1発大物手に振りこんでしまうと、もうほぼリカバリーが不可能ということで、かなり皆、慎重になっていたのではないだろうか。それもあってどこもあまり大きい役が出ずどちらかというと平たい場となった。午後は一変して手作りも役を絡めた大物手狙いが増えてきて、かなり荒れた場が増えた。各卓で飛ぶ人が出てくるようになった。

さて、ボクはといえばむちゃくちゃ調子が良いというわけではなかったけど、途中まではトップをとってて、最後の2戦ぐらいで、ソーリの大トップに捲られて、結果的には2位で終了。
昨年末に、大学のメンバーとやったときに、全戦でラスという壮絶な負け方をしたのだが、今年は幸先の良いスタートが切れたほうだと思う。しかし、あいかわらずボーンヘッドが多い。年末のぼろ負けの時もそうだったのだけど、とにかくウッカリが多すぎるのだ。一通確定してた面子を間違って切り替えてしまったり、三暗刻狙いのシャンポンテンパイに受けたつもりが、一方のシャンポンになるほうをシュンツで受けてて、のみ手になったり(しかもシャボで受けてたら即で三暗刻ツモってたとか)とか。これでよくプラスで終了できたなーというのが驚きだ。かなり運が良かったということだ。
まぁ、しかし調子悪くて、マイナスがかさんだ人も、麻雀で負けたら、仕事では勝てる、みたいな名言もあったし、気を持ち直して頑張っていきましょう。

参加いただいた皆さん、お疲れ様でした。この場をかりてお礼申し上げます。
また、いつもホテルの手配や段取りをやってくれるM氏にも、密かに感謝! 来年もよろしく。
来年も開催したいと思ってるので、参加希望の方は連絡ください!

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