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ソーシャルブレインズ入門
- 2010-03-07 (日)
- 書籍・雑誌
ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう (講談社現代新書) ─ タイトルから、いわゆる「群集知」的な内容なのかなと想像して手にしたのですが、予想に反して本格的な「脳研究」の一分野をわかりやすく解説した本でした。想像してた内容とは違ってたものの、それは良い意味での裏切りで、内容は非常に興味深く面白い本でした。以下は本書の読書メモです。
今までのいわゆる脳研究が「脳」そのものだけを抽出して、それぞれの脳領域野を機能単位で研究(モジュール仮説)するものであったとするならば、ソーシャルブレインズの研究とはその名の通り脳をあらゆる社会、人間関係の中の1機能として捉える、より上位の視点から俯瞰的に現実環境に近い状況において脳を捉えてみる手法ということになるでしょうか。
脳の各分野は決して、ある特定の仕事を任せられて処理しているような機械的なものではなく、外的環境や状況、あるいは人間関係、社会状況や制約といった様々な要因に影響を受けているのです。
本書を読むと、脳がいかに脳単体や脳領野の各機能レベルでの機械的なルーチン処理を行っているのではなく、脳単体としても各機能は全体のネットワークの一部として相互連携しながら役割を変えたりして機能を担っているのか、またさらにそれだけではなく、自分自身に固有の1つの脳という単独の機能を超えて、社会や人間、文化といったより大きなネットワークの中の1つとしてもまた影響を受けているのかということが、よくわかります。
たとえば、他人のしぐさやふるまいを脳はどのように理解するのか、その一例として「ミラーニューロン」という神経システムの発見が説明されています。これは脳が「自分」だけの完結した世界で何かの機能を担っているのではないということのわかりやすい事例になっています。
ミラーニューロンとは、簡単に言うと、他人の行動も、自分の行動と同じように理解して把握する神経細胞のことです。
それはF5という腹側運動前野という場所で記録されました。
サルが目の前にある餌に自分自身で手を伸ばしたときには、F5が活動するのですが、そのF5は、実は他のヒトが手を動かして餌を取ったときにも同じような活動が記録されるのです。
この実験には色々突っ込みどこりがあったものの、非常に興味深いのは、ミラーニューロンが「他人の動きそのものに反応する」ことではなく、「他人の行動の目的に応じて反応する」ことでした。たとえば、実験者がボウルの中に入った果物に向かって手を伸ばした場合には、ミラーニューロンの活動は記録されるのに対して、何も入っていないボウルに手を伸ばした場合には反応を見せないのです。
このことはミラーニューロンが「単純な視覚刺激に対する反応ではなく、行動者の行動意図の内容を理解した反応」だということを意味します。
脳が「意図の共有」という働きを持つということは、感情の共有や共感へと拡張可能であり、私たちが人の痛みを理解できるのも、ここから説明可能にになるかもしれません。自閉症などもミラーニューロンの障害として捉えると、有効な療法の獲得へも繋がっていきます。
脳と社会や文化がどのような関係があるのか、ということを説明するために、著者は「認知コスト」という概念で説明しています。
「認知コスト」とは、脳内の認知操作に必要とされるエネルギーのことです。簡単に言うならば、この世界に何の制約もルールもなければ、あらゆる場面で何かの判断や決断を下すために脳は莫大なエネルギーが必要になるわけですが、そこに何かしらのルールやら決まりごとや道筋があれば、毎度毎度莫大なエネルギーを使うことなく、判断や決断の処理ができる。この脳がかけるエネルギーが「認知コスト」です。
脳は何かしらの行動規範を更新するには「認知コスト」を支払わなければならないのですが、脳はギリギリのエネルギー供給うしか受けていないので、可能なかぎり「認知コスト」をかけないでおこうとするのです。
人間が社会というものを形作り、そこで文化や規範みたいなものを生み出すのは、そのようにして作られた社会環境にのっとって生活することで可能な限り「認知コスト」をかけずないで済むからなのです。
僕らは法律やら文化的な規範やらしきたり、ルールやらといったものを、僕たちの与り知らぬところで生まれた、いわゆる「外部」から強制されて従っているものだと思い込んでいますが、実はそうではないと著者は言います。これれは「認知コスト」を可能なかぎり抑えたいからこそ、人間がルールを作り出すのです。
なので、世論といった漠然、曖昧としたものも「認知コスト」を極力かけないで済ませることができるかという脳の働きと言えます。しかし、一方でこのような脳の働きは有名な「ミグルラム実験」や「スタンフォード監獄実験」などからも明らかなように、うまく利用されると知らず知らずのうちの非常に危険な行動を行ってしまうということもまた事実です。
脳単体での機能や脳各分野での働きの研究のなかでは、このような世論と人との関係や、なぜ多くの善良な人たちが、そのような状況下では平気で人を人と思わぬような言動、行動を選択してしまえるのかということの理解にはなかなかたどり着くことはできなかったでしょう。
そういう意味では、ソーシャルブレインズ研究とは、本当の意味での「人間」や「社会」「文化」の新しい研究の切り口として考えられるのではないかと思います。著者の「つながる脳」に続けて読んでみたいなと思いました。
(なぜか、今回は久々に「です/ます」調で書いてみました。あまりこだわりがなくて、今回はなんとなく「です/ます」の方が書きやすそうだったというただそれだけです。得意不得意で言うと「です/ます」で書くのは苦手なんですが、書きたいと思う文章によっては「です/ます」のほうが書きやすそうに思えるというのはなんだか不思議です。)
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iPhoneとツイッターで会社は儲かる/小さなチーム、大きな仕事
- 2010-02-28 (日)
- 書籍・雑誌
良い意味での「小さな」会社が大きな企業や市場相手に戦っていくための独自の分野や考え方に触れることができた二冊だった。
今までの「常識」だとか、世間一般の会社がやるような普通のやり方や考え方ではなく、「小さい」からこそ可能となる考え方や戦い方など色々刺激を受けた。
(「いろんな本から色々良いところどりするのは良くない。良いところどりばかりしてるので細かいところで矛盾や疑問が出てくる」という指摘を受けたので、いちおう断っておくと、読んで刺激を受けた本についてはなるべく感想を書いておきたいなと思っているだけで、すべて経営に取り入れようとか、マネジメントに役立てようと思ってるわけではないです。ただ、結果的にそんな風になってしまって元々の意見だとか主張が矛盾したりすることがあるのかもしれないです。すいません。いろんな本に手を出すのは不安とか自信のなさでもあるわけですが、一方で純粋な趣味だったりもするので、たぶん、これからもこれは辞めないとは思います。でも、あるものを受け入れる際にはよく咀嚼して、自分の主義や考えときちんと照らし合わせて、しっかりとした考えをもって取り入れていくように気をつけていこうと思います。)
「
iPhoneとツイッターで会社は儲かる」─ツイッターを全社に導入していくときの課題や、導入によって得られる効果みたいなことも参考にはなったのだけれど、何よりも本書内で一番面白いのは、やはりこのECスタジオという会社の独特の分野や考え方、オペレーション部分が垣間見られることだと思う。
たとえば、ECスタジオでは商談をすべて動画記録している。動画で記録しておくことで、それが議事録にもなるし商談への参加者を少なくもできる。また、生の現場を見られるのでそのまま教育ツールにもなる。これらの動画はGoogleApps上で共有され、社員は会社から支払いのiPhoneから出勤中でも移動中の隙間時間でも見ることができるようになっている。
また、電話サポートは一切行わず、基本メールのみでの対応なので、在宅勤務などの敷居も低くなるし、また社内が静かで仕事に集中できる。事務所の場所も中心部から外れることも可能になる。
IT企業が、ITをフル活用・実践して、その恩恵を蒙ってるケースというのは意外と少ないんじゃないかと思うけれどもECスタジオでは自らが新しい技術を積極的に取り入れ、その恩恵を最大限に授かろうとしている。著者は、インターネットは「弱者に光を当てる技術」と書いているが、自らがその実践者となっていく、見本を示していくということを積極的に行っているというわけだ。(だから、ECスタジオの会社サイトでは、「IT経営実践企業」と謳っているのだろう)
これらの仕組みが、単なるユニークさや奇抜さではなく、「小さな」会社がより効率的にそして効果的に戦っていくために欠かせない必須要素として会社に組み込まれているのは本当に凄いことだ。この姿勢は見習わないと思った。(でも、真似するのではなく、自分たちで考える仕方でね)

「小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則」─ 37シグナルズも非常にユニークな「小さな」会社だ。もともとは、ウェブデザインのコンサルティング会社としてスタートして、その後、プロジェクト管理ツールの「ベースキャンプ」や、簡易なCRMツール「ハイライズ」、ビジネス用リアルタイムチャット「キャンプファイアー」といった、ユニークなASPサービスを提供する会社として知られる存在となった。一方では、Ruby人気に火をつけるきっかけとなったフレームワーク「Ruby on Rails」の開発元である。うちの会社でもベースキャンプを利用しているプロジェクトはいくつかあったし、Ruby on Railsでも間接的にはお世話になっている。
提供している製品の利用ユーザー数や、その製品でやりとりされているトランザクションなどを見れば、大企業が提供する同分野製品などにも匹敵するような(むしろ上回るような)規模にも関わらず、この会社はいまだに、創業当時の「小さなチーム」の体制を維持している。社員は十数人だが、その社員は二つの大陸の八つの都市に散らばっていてお互いほとんど会うこともない。
他の多くの会社が、それがなければビジネスなどやっていけない、と指摘するようなものを、この会社では極力排除しようとしてる。彼らの製品は、無駄なものを排除して、徹底して必要な機能だけに絞り込んだ使い勝手の良さが最大の魅力だが、この製品を生み出す背景には、彼ら独自のポリシーや思想があり、それらポリシーや思想が彼らの会社運営そのもの会社のあり方そのものにも貫かれている。
その独自のポリシーや思想は、端的に言ってみれば、あらゆるものに「それ本当に必要か?」という疑問の目を向けて、不必要なものをそぎ落としてしまう、ということに集約される。
たとえば、彼らは「計画」が本当に必要か?と問いかける。普通人々は長期計画を何かを始める前に作るが、「重要なことを決定するのにこれ以上悪いタイミングはない。」と言う。皆が立てているのは「計画」ではなく、あくまでも「予想」に過ぎない。計画は「過去に未来の操縦をさせる」もので、それは「目隠しするのと同じ」。計画によって身軽さがなくなるのは間違っている。
今年ではなく、今週することを決めよう。次にやるべき最重要課題を見つけ出して、取り組むのだ。何かをするずっと前ではなく、直前に決定を下そう。
計画なしに仕事をするのは恐ろしく思えるかもしれない。しかし現実と折りあわない計画にしたがうのは、もっと恐ろしいことだ。
あるいは、彼らは「顧客の声」は書き留める必要はない、と言う。製品の利用顧客からは様々な要望や意見が上がってくるだろう。普通の会社ならそれらをスプレッドシートやデータベースに記録したり、ファイリングシステムで管理したりといことをするだろうが、彼らは「本当に気にしなければならない顧客の要求はあなたが繰り返し聞くことになるものだ。」として、記憶できずに忘れてしまうようなものは、重要出はないというサインだと考える。
また、「書類上の合意は幻想」だと言い、「解決策」でさえも、「そこそこ」のもので構わないのだと考える。
製品に対しての考え方もシンプルで一貫している。彼らの製品はすべて「自身のビジネスに必要な製品を作っている」。「解決しようとしているのが自分自身の問題であれば、足元は明るく、どれが正しい答えかがわかるはずだ」と説く。
ECスタジオの「IT経営実践企業」と同じように、自分たちが作る製品やサービスにおいても、自分たちが必要なもの、自分たちが使うものを作るというのは最も利に適っている考え方だろう。自分たちが使わないような製品やサービスを他社に提供して、他社が納得して買ってくれるだろうか。
また、「中途半端な1つのものより、とてもよくできた半分の大きさなものの方がいいに決まっている」と言い、「多くのものは小さくすればするほどよくなる。」と断言する。
僕らもいくつかの製品やサービスをリリースしているが、競合製品やサービスのバージョンアップや追加機能のリリースはすごく気になってしまう。機能比較表で◯をつけられないところがでてくるのが恐怖というか、ついつい機能数の競争に巻き込まれてしまいそうになる。お客さんへのプレゼンテーションでも、常に機能の数が重要な比較要素になっている気がして、機能の数が足りなくて選ばれないと思ってしまう。なので、追いつけ追い越せと、機能の追加に勤しむことになる。
しかし、本当に機能の数が、その製品の魅力や競争優位なのだろうか? 機能をてんこ盛りにしていくことは、その製品をどんどんありきたりのモノにしていってるに過ぎない。
だから彼らは、競合相手が何をしているかを心配するのは意味がない。気にせず、あなたが信じるもので戦えばいいと諭す。
競合相手を打ち負かすには、なにごとも相手よりも「少なく」しかしないのだ。簡単な問題を解決して、競合相手には危険で難しくて扱いにくい問題を残す。ひとつ上を行くかわりに、ひとつ下回るようにしてみよう。やりすぎるかわりに、やっていることが相手以下になるようにしてみよう。
上級者向けの機能を追加していって、そもそもの顧客に合わない製品にしていくよりは、顧客が製品(あなたを)を追い抜けるようにして、基本的な製品に絞り込めばいい。
基本的なものへのニーズは不変だ。それを必要としている顧客の供給は際限なくある。
そして常に、あなたの製品を使ってる人よりも使ってない人のほうが多く存在する。こうした人たちが使い始めることができるように簡単になっていることを確かめよう。
いやぁほんとすごい言葉だと思った。言われてみればそうだけれども、リリースした製品をずっと「基本的なもの」にしておくことには、それはそれで勇気がいることだ。最初の顧客が成長してその製品の仕様にあわなくなっていくことに、僕らはやはり恐怖を感じる。顧客が製品を離れていくことに寂しさや悔しさを感じる。
でも、彼らは顧客に製品を追い越してもらったほうがいいと割り切る。基本的なものへのニーズは不変だと言い切る。
これらの言葉にはすごく自信を与えられたし、自分たちが作っていくもの、手がけていく製品やサービスでも、本当に基本的なものや基礎的なものが何なのかということをしっかり見つめなければならないと思った。
最後に、この2つの企業に共通することで、「小さなチーム、大きな仕事」にも触れられていたけれど、すごく重要な考え方。
それは会社のノウハウや舞台裏を「教える」「あからさまにする」ということじゃないかと思った。
「教える/あからさまにする」ということが「小さな会社」にとって、大きな企業と戦っていく上での重要な武器になるということ。それを37シグナルズもECスタジオも実践しているのではないだろうか。
「小さなチーム、大きな仕事」から、長い文章になるけれど引用しておこうと思う。この一連の文章にはすごく心をうたれた。グランズウェルやソーシャルや何だかんだ、とあれこれ考えたり悩んだりするよりも、ありのまま、そのままを見せればいいのだという大きな励ましを受けた気がしたのだ。
大きな企業は、スーパーボウルにCMをドンと打つことができるが、あなたには無理だ。でもあなたは「教える」ことができる。大企業はノウハウや戦略を秘密にする方が利益につながると考えている。大きな企業が同じようなことをやろうとすると、弁護士のチェックが入り、面倒くさい手続きをくぐり抜けなければならない。教えることには、彼らと充分に戦えるチャンスがある。
(略)
人々を舞台裏に導くと新しい関係が生まれる。彼らはつながりを感じ、顔の見えない企業ではなく、あなたを人間として見てくれるようになる。彼らは、製品やサービスに捧げられた汗と努力を見だろう。そして、彼らはさらに深い理解や評価をしてくれるだろう。
(略)
欠点を見せることを恐れてはいけない。不完全さはリアルであり、人はリアルなものに反応するのだ。だから、僕たちはいつまでも変わらないプラスチックの花より、しおれてしまう本物の花が好きなのだ。どのように思われるか、どのように振舞うべきか、あれこれ心配する必要はない。すべてありのままの本当の自分を世界に見せればいい。
(略)
だからあなたらしく語ろう。他の人が話題にしたくないようなこともはっきりと見せるのだ。欠点を隠さず、出来上がってなくても、今取り組んでいるものの一番新しい形を見せるのだ。完璧でなくても大丈夫。「プロフェッショナル」の顔がなくなったとしても、面白みと親近感のある香をつくれるのだ。
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なぜ、ノウハウ本を実行できないのか―「わかる」を「できる」に変える本
「1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!」という本がある。この本、その後に「1ページ・マネジャー」やら「ひとりでも部下のいる人のための世界一シンプルなマネジメント術 3分間コーチ」やらと、いろんなフォロワーを生み出した原点のような本だ。世間的にも相当大きな影響を与えた本だと思う。
昔、うちの会社でもこの本が流行った時期があった。すごく薄い本で、すぐに読めてしまうということも人気の秘密だったと思うけれど、そこに書かれてあることもシンプルながら説得力のあるマネージャーとしての心得や作法みたいなもので、当時、社員が増えはじめて、多くのメンバーが初めて本格的にマネジメントということを意識しはじめ、こぞってこの本を手にしたように記憶している。もちろん僕も読んで、けっこう感化されたと思う。
さて、この本にはどんなことが書かれていただろうか??
自問自答してみる。確か、部下を怒る時には、なにか間違いを犯した直後にその場で、何が悪いかを間違ってるかをはっきりと示すことが重要、みたいなことが書かれてたなぁ… 他には他には他には… 目標をシンプルにするとか、あれって、あれは「1ページ・マネジャー」の方だったけな??
ほとんど思い出せない。
あんなにこの本はすごいすごいと嬉々として受け入れて読んで、読んだ直後には意識して行動したり考えたりしていたはずなのに、たったこれぐらいしか記憶に残ってない。
振り返ってみる。
「1分間マネジャー」に書かれてることを実践できているか? 覚えてもいないのに出来ているわけがない。
意識してマネジメントしているか? 出来てるわけがない。
「これはすごい」と読んでてても、それを実践できるわけではない。実践できてもそれを持続できない。
「なぜ、ノウハウ本を実行できないのか―「わかる」を「できる」に変える本」は、「1分間マネジャー」の著者の新作本である。
この本がテーマにしてることは、ズバリ、このタイトル通り、先程、「1分間マネジャー」を実践できていないという振り返りをしていた僕が陥ってる症状そのものの問題と解決法を指摘することだ。
たえず新しい情報に接することが習慣になっていると、忘れることも習慣になってしまう。実践することではなく、新しいことを知るトレーニングばかりしている。
(略)
本当に一つの分野をマスターするには、大量の情報に触れるより焦点をしぼった情報に取り組むべきです。
(略)
多量の知識を1、2度学ぶより、少量の知識を何度も学んだほうがいい。
ごもっともすぎる指摘というか。なんか完全に自分の弱いところを突かれてるような気がした。なにせ、この本を手にしていたのは昨日の東京帰りの新幹線だったけど、その脇には、この本と同時に買ったこれから読もうと待ち構えてる本が5冊も待ち構えてたりしたからだ。
「1分間マネジャー」に違わず、本書も非常にシンプルな構成、わかりやすい文章で綴られている。早い人なら30分もあれば充分に読みきってしまえるぐらいの文量しかない。でも、指摘していることはものすごく重要なことばかりだ。
本書では、「ノウハウ本を実行できない」理由を3つにまとめている。
「情報過多」「ネガティブなフィルター装置」「フォローの欠如」だ。そして、それぞれの問題について解決策を提示する。
「情報過多」なら、先程の引用の通り、「少数のことを何度も行う」ことを奨める。この「少数のことを何度も行う」というのは、本書全体を貫く根本的なテーマでもある。
ネガティブなフィルター装置を外して、ポジティブに受け入れるためにも、「反復」が必要であり、何度も同じことを繰り返し考えていくことで、ポジティブな心が開けていくということを示す。「フォローの欠如」でも、「反復」が重要なキーワードとなっている。
教える
やって見せる
それをやらせる
見守る
上達を褒める、または方向を変えさせる
教える
やって見せる
それをやらせる
見守る
上達を褒める、または方向を変えさせる
何度もやらせて、見守る、上達を褒める、または方向を変えさせる、が繰り返されていくと、そのうち「頼む、やらせて見守る、褒める」になり、最終的には「自分で考えさせる、実行させる、自分で上達を褒める、または方向を変える」になる。
本編全編を通じて、繰り返すことや反復すること、少ないことに絞り込んでいくことをこれでもかというぐらい徹底して説いている。本書自体が、本書で提示されている「少数のことを何度も行う」ことの実践になっているというわけだ。
この本に限らず、本から得られる知識は大きいし、どんな本にもたいてい何か重要なヒントが隠されていたり、自分の考え方や行動を変えてくれるきっかけが潜んでいたりするわけだけど、問題はせっかくそういうものを得ても、吸収できたのはその時、その瞬間だけで、すぐに忘れてしまう、ということだろう。すぐに忘れてしまい、また新しいソリューションを求める。以前にも同じようなソリューションには接しているのかもしれないけれど、毎回毎回新鮮なものとして受け入れて、そして忘れていく。これの繰り返しだ。
だから、自分がこれだと思うものに集中して何度も取り組む、考えることをしていくほうが、多くのものを吸収して何もしないよりも余程、結果が出る。その通りだと思う。
たぶん、多くのマネジメント本に手を伸ばして、色々な手法を取り入れるよりは、「1分間マネジャー」に書かれてあることだけを徹底して繰り返して実践できたほうが良い結果を生み出していたのだろうと思う。少し反省。
というような指摘を受けながらも、僕はこれからも引き続き、新しい本やら知識を貪欲に取り入れていこうと奔走するんだろうと思う。貧乏性と健忘症を兼ね備えて反省することなく、同じことを繰り返すんだろうな。新しいもの好きだし、本を読むのは僕にとっては何かのためというよりも、完全に趣味の領域なんで許してもらいたい。
でも、会社に取り入れていくソリューションはなるべくシンプルに、少なく、そして繰り返すということを意識していきたいと思うんで。ということで、もう一度、「1分間マネジャー」も読み返してみて見ようと思う。
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会社にお金を残さない! ~「ノルマなし!管理職なし!給料全公開!」の非常識な経営術~
会社にお金を残さない! ~「ノルマなし!管理職なし!給料全公開!」の非常識な経営術~ ─ カンブリア宮殿で放送されて話題だったみたいだけど、その放送は見ていない。
でも、本書を読むだけで、この会社の過激さというか、他の会社との違いはものすごくよくわかる。かなり衝撃的だ。
この会社のはノルマや目標がない。管理職がない。そもそも社長職も交代制。社員全員の給与が公開され、基本的には内部留保は0。利益はすべて社員かお客さんに還元する。
最近やたらと、就業規則やら会社ルールでユニークな制度や手法が注目されたりしているので、これだけ聞くと、こういった突拍子もない制度やルールに目が奪われてしまって、なんだ、またそういうものにだけ拘った企業のように思えるかもしれない。しかし、この会社は違う。1986年創業以来、業績は右肩あがり。年商は85億円。現在のチェーン店は120店舗を超える。
しかも、この会社、もともと広島の大手メガネチェーンを辞めたメンバーによって立ち上げられた小さなメガネ屋からスタートしており、その大手メガネチェーンから目の敵にされながらも、このような成長を成し遂げてきている。
そう、この会社のユニークな考え方や制度は、人目を引くためだけの中身がないようなものではなく、こうしなければ厳しい競争に勝っていけないという切実な思いと、世の中で常識とされているものへ疑いの目を向けるという徹底した信念に裏付けされているのだ。
■内部留保ゼロのからくり
たとえば、内部留保ゼロのからくり。儲かった分をすべてボーナスで社員に還元するという方法でとられている。
ボーナスは年3回出るが、決算賞与のタイミングで経常利益がほぼゼロになるように社員に分配する。社員によっては賞与だけで500万円を超える収入になる場合などもある。
「儲かった分はボーナスとしてすべて還元される」というのは、逆に言うと、「儲からなければ還元はない」という意味だ。
実は、メガネ21には社員の月額給与額の最高は30万円程度という決まりがある。昇給は30歳まで。メガネ店で働くためのスキルは30歳までで身につけられられるからというのがその理由だ。つまり、月給ベースだと年収360万円が上限であり、それ以外はすべてボーナスとなっている。ボーナスは儲からなければ全く出ない。「ボーナスが500万円を超える人もいる」なんてところだけを聞くと、なんて社員に優しい会社なのだと勘違いしてしまうかもしれないけれど、実際は収入の大部分を業績に連動させているという意味では、非常にシビアな会社とも言える。
■業績悪化や資金需要へはどう対応するの?
また、内部留保がゼロなら、当然、何か起きたときにどうするんだ? 新店舗の開店や商品開発などで先にお金がいるときはどうするの?という疑問は湧くが、その裏側にもきちんとした彼らなりのロジックがある。
メガネ21にはいくつかの働き方のコースが用意されているが、それらのコースは大きく「一般職」と「経営職」にわかれている。一般職は賞与・給与が業績によって変動せず、利益分配は受け取れない。経営職は賞与・給与が業績によって変動する。どちらのコースでも先程出てきた基本給や30歳昇給ストップ、月額給与30万円程度という上限は同じ。つまり、一般職を選んだ人の年額給与の最高額は360万円が固定ということだ。
一方で、経営職でも実は年収は1000万円が上限と定まっている。配偶者控除を受けられるギリギリの額だからというのがその理由で、サラリーマンが受け取れる常識的な最高額として、いったんこの額で社内ルールを設定してしまっているのだ。
つまり、経営者コースの人は、640万円を業績連動の賞与によって得られる権利があるということになる。
現在は社員の収入の3分の2を賞与が占めているので、業績が悪化したらこれをカットすれば大幅な経費削減が可能になるという、かなりシンプルな仕組みがある。上限を決めて、それをオープンにしてしまうことで、イザという時にも見通しが立てやすくなってることは間違いないし、また、ルールが明確なので社員にとっても納得がいきやすいのだろう。
資金需要に対しては、基本的には社員からの「直接金融」を実施している。資金繰りはすべて社員の出資によって成り立っているのだ。銀行からの借り入れはゼロ。
たとえば、社員には「社員借り入れ」制度というものがある。これは社員が会社に預金ができる制度だ。預金なので当然、利子が付く。この利子、なんと少し前までは10%で運用していたというから驚きだ。
現在は実施されていないが、会社に出資している額の50%を賞与として上乗せしていた時代もあった。1000万円出資すると500万円が、利子としてではなく、評価として賞与に上乗せされて支払われるわけだ。株式も基本、社員が持ち合う形になっている。
要は、いかにして社員が会社にお金を出したいと思わせるか、そして、自分の会社のオーナーであり、経営者であると思えるか、そのための仕組みや制度を考えられるかが重要なのだ。メガネ21の仕組みは、決して社員にやさしいわけではない、むしろ実は非常に厳しい仕組みだろう。給与の上限などの割り切りも理由としては尤もだけれどシビアだ。
しかし、「経営職」には本当の意味での経営視点や判断が求められ、それによってリターンを得られるというかなり単純なルールが持ち込まれている。社員たちが自然に「経営」に目が向くような仕組みが盛り込まれているのだ。
■管理職がいらない仕組み
全員が経営者、会社のオーナーであるという意識が裏付けにあるからこそ、管理職が必要なくなっている。
たとえば、会社として重要事項を決めるときも、何か提案がある場合には、すべて社内ウェブを使う、というルールになっている。提案に対して、反対する人が誰もいなければ即決定という仕組みだ。黙認は賛成となってしまう。稟議書もなければ、根回しもない、ある決定を下すための会議も必要ない。だから、必然的にいわゆる中間管理職は必要なくなってしまう。
これは社員が共同経営者という要素があるからこそ(また、財務情報や社員の給与など、必要な情報はすべて公開されているからこそ)、可能な仕組みだと言える。
■目標設定や社内競争も無駄
さらに、ほとんどの会社が最も大事なものだと考えてる「目標設定」も、メガネ21では「無駄な作業」だと一掃している。
「達成可能なラインの少し上に目標設定すべき」なんて言われているけれど、その適正値って何? それで社員のモチベーションが上がるの? と素朴な疑問を投げかける。 どれぐらいの目標設定が適切かということを考えるのに何時間も頭を使ったり、会議をしたりというのは、「それで仕事だと勘違い」しているだけで、「どうでもいい数字をこねくり回」しているだけじゃないの、という厳しい指摘。また、社内競争も意味がない。自分の店舗だけ儲かったらいいという意識が付くことはむしろ悪で、全体としてのスループットに意識が向かないと意味がない。
そして、著者は言は、ノルマや目標がなくても、「社員がやる気になる仕組みがきちんとあって、お客様の満足度を高めていければ、確実に業績は伸びます」と言い切る。
自分の大部分の報酬が賞与で決まっていて、それが業績で決まるとなれば、そして自身が株主であったり、銀行みたいな立場で会社に出資したり、お金を貸していたら、そう考えると、確かに「目標」なんてなくても、売上を伸ばそう、利益を伸ばそうという意識は働かないわけがない。会社全体の利益で賞与が決まるなら、自分の店舗だけ良ければいいなんて意識はまず働らかないだろう。業績に影響を与えるような提案があれば、それについて各自が真剣に考えて判断するだろう。
まさに経営者と同じ視点で仕事に取り組むような仕掛けがあるからこそ、こういった従来の常識とはまったく違う考え方でも、とてもすんなり受け入れられるようになっているわけだ。
■本書を読んで
ちゃんとすべてに理由があるのだ。ただ、やりたいから。なんとなくそうしたほうが社員にとっても良さそうだから。ユニークな会社に思われそうだから。まるでそんな要素はない。
これらの制度の1つや2つだけを真似て、自社に導入してうまくいくかというと決してそんなことはないだろう。
上辺だけを真似ても、場当たり的な制度となってしまい、むしろ状況は悪くなってしまうのではないか。かといって、世間の常識や、他社がこうやってるからというだけで盲目的に制度やルールを考えてしまうことも良くはない。
重要なのは「何を重視するのか」「何を強みとしていくのか」という根本の思想や信念だ。その思想や信念をより強くしていくために、それらが自然に敷衍していくための仕組みや仕掛けとして、どのようなルールや制度が考えられるのかということを考えていく必要があるのではないか。
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異業種競争戦略
- 2010-02-08 (月)
- 書籍・雑誌
「異業種競争戦略」 - ビジネスの世界では、今やあらゆる場面で「異業種格闘技戦」が繰り広げられている。今や「業界」というものを、何か固定的な枠で囲われたようなものではなく、誰が敵で見方なのか、どこから突然玉が飛んでくるかわからないような戦場なのだ。
銀行業界に従来とは全く異なるモデルで参入したセブンイレブンとイオン。旅行業界におけるJTB/HIS/楽天トラベルのバトル。音楽業界ではデジタル音楽配信サービスとレコード会社、レコード店が戦い。化粧品メーカーの資生堂とトイレタリーメーカーの花王がお互いの市場に参入。出版対フリーペーパー。マイクロソフト(有償ソフト)対グーグル(広告)。
例をあげていけばキリがないが、どんな業界でも異種格闘技戦が激化している。
間違ってはいけないのは、異種格闘技戦は、何も業界や市場背景が異なる企業がある同じ業界や市場で戦うということだけを意味するのではなく、どちらかというとエンドユーザーの「同じニーズ」を、それぞれの企業が全くことなるビジネスモデルで満たそうとする戦いのだということだ。
ここで言うビジネスモデルとは、本書では「顧客に、ある価値を提供するときの手段と儲けの仕組み」としている。そう。「手段」と「儲けの仕組み」が全く違うモノ同士が戦っているんだ。だからこそ、今の戦いは見えにくく、わかりにくい。
さて、ではこのようなどこから砲弾が飛んでくるかわからない混沌とした戦下において、企業はどのように戦っていくべきか、どのような戦略を構築すべきかということについても、本書では丁寧に説明されている。
それは、次4つのステップとなる。
1.どこにチャンスや脅威があるか・・・事業連鎖の再構築
2.敵を知り、己を知り、顧客を知る・・・競争環境の再認識
3.事業連鎖のなかで、どう稼ぐか・・・ビジネスモデルの確立
4.敵を自分の土俵に引きずり込む・・・・新しいルールの確立
とくに最初の「事業連鎖の再構築」というところが興味深い。
「事業連鎖」とは、業界全体を俯瞰して川下から川上までのバリューチェーンのことだ。
まず、「異業種格闘技戦」がどこで起き得るのか、また自社が今後どの分野に力を注いでいくべきなのかを確認するために、市場全体を一連のプロセスとして整理して眺めて見るのだ。
例えば、「音楽」業界で考えた場合には、大きなバリューチェーンとしては、
「音楽」→「パッケージ作成(マーケティング」→「記録媒体」→「流通」→「再生」
とうような大きなバリューチェーンが描ける。
従来までの音楽業界では、最初の「音楽」のところで、アーチストがいて、次のパッケージ作成(マーケティング)のところにレコード会社が位置していた。記録媒体ではCDがあり、流通でレコード店やレンタルレコード店、そして再生はステレオ。これが各バリューチェーンに位置している企業が思い描いている「従来」のビジネス構造だ。
ところが、デジタル音楽流通の時代を迎えると、これらのバリューチェーンに変化が生じてくる。
CDはデジタルデータに置き換えられ、そうなると流通領域では、レコード店が音楽配信サイトに置き換わる。再生はステレオから携帯音楽プレイヤーやパソコンへと様々なプレヤーに広がっていく。この置き換えや選択肢が広がった「場所」に「異業種格闘技」が繰り広げられるというわけだ。
単純な例なら、オーディオ機器のメーカーの競争相手は、今やオーディオ機器専業メーカーではなく、パソコンメーカーであったり、携帯電話メーカーにまで広がっているし、レコード店のライバルは、近所の他店ではなく、ネット上の音楽配信サービスとなっている。
事業連鎖を描くときには、自分たちがいる業界や市場から考えるのではなく、あくまでも俯瞰的に、お客やユーザーにどのような価値を届ける必要があるのかということから、全体を包括して描くことが大事だ。業界内の狭い視野の中では見えなかった大きな構造の変化を捉えられるかどうかだ。(レコード針メーカーは、どれだけその市場で競争優位性を築いたとしてお、そもそもCDやデジタル音楽と、「針」を使わない音楽再生へシフトしてしまったら生き残るのが難しくなる)
事業連鎖を描いたら、それらの各チェーンにおいて、以下の可能性を検討してみる。
省略
カメラ市場では「デジタルカメラ」の登場により、現像や焼付という行程が「省略」される。
束ねる
フィルムとカメラが「使い捨てカメラ」に束ねらる。
置き換え
フィルムがメモリーカード、ミニラボは家庭用カラープリンターに置き換えらる。
選択肢の広がり
写真をパソコンやテレビで見る、ウェブに載せるなどの選択肢が広がる。
追加
カメラ付携帯電話の登場により写真をそのままメールで添付して送るという利用方法が追加された。
ウェブソリューション全般で考えてみると、どのような異種格闘技が起きているのだろうか。
わかりやすいのは、SIerの領域をSaaSやPaaSが置き換えを進めているというものだ。今までなら、技能のあるスタッフ何十、何百人もが何ヶ月、何年もかかり開発してきたものが、SaaSやPaaSによって数カ月で対応可能になったりということが現実に起きている。
SIerとSaaS、PaaS提供会社では、そのビジネスモデルはまったく異なる。SaaSやPaaSが敷こうとしているルールが支配的になれば、多くのSIerの業務はなくなってしまうだろう。
(papativa.jp – エコポイント申請ページはForce.comらしいが。)
大きな流れとしては、そもそも企業のウェブサイトそのものが、すでに人が集まってるオープンなプラットホーム側にシフトしていくかもしれない。その時、今まで自社ウェブサイトに投じていたお金は、プラットホームの方に流れていくかもしれない。
これは「置き換え」とも言えるだろうし、企業にとっては、「選択肢の広がり」とも捉えられるだろう。良いウェブサイトを構築すること、ウェブサイトを通じてコミュニケーションを支援を行っていた会社などは、今までのモデルでは食べていくのは厳しくなるだろう。
ほとんど無敵と思われたグーグルなどの検索エンジン連動広告も、人々のネット利用の中心がコミュニケーションプラットホームに移行していけば、非常に苦しい戦いを強いられることになるかもしれない。
つまり、どの分野だろうが、領域だろうが、常に「変化」が起きていて、自身が乗っかっているビジネスモデルや強みみたいなものは、いつ何時、脅威や弱点になるかもしれないということだ。今の成功体験や成功モデルに安住していることは、最もリスクの高い戦いになるかもしれない。
いくら素晴らしいレコード針を作れても、レコードそのものがなくなってしまったら、その技能はほとんど意味がなくなってしまうのだ。
では、このような状況下で、企業はどのように戦略を立案していくべきか。
本書では、これを「ビジネスモデル」の構築という観点で分解している。そして「ビジネスモデル」をさらに以下の3要素に分解し、それぞれにおいての回答を考えて見ることを提唱している。
1.顧客に提供する価値
2.儲けの仕組み
・トールゲート(高速道路の料金所)
・イネーブラー(撒き餌→トールゲートで稼ぐ)
・エンラージメント(料金所→サービスエリアなどで稼ぐ)
・ブロックプレイ(敵のトールゲートを邪魔して、敵を弱体化させる)
3.競争優位性の持続
・自社に有利なルールで戦う
そして、戦い方としては、
1.顧客に提供する価値の違いで戦う
2.コスト構造の違いで戦う
3.ビジネスモデルの違いで戦う
の3側面から整理している。
当たり前といえば当たり前のことが論理的に整理されている。しかし、ぼんやりと「戦略」や「戦い方」として捉えていてもよくわからないものは、その要素を分解したりすることで明確にはなる。これはとても重要だと思う。
ただ、僕は本書を読んでいて思ったことは、ビジネスモデルの整理や戦い方の戦略についてきちんと描いて見ることは重要なのだろうけれど、実はもっとも大事なのは、「変化を恐れない」ということなのではないかということだ。
たとえば、現代の異業種格闘技戦において、すごいなと思うのはリクルート社だ。
本書でも触れられてはいるけれど、彼らは自身の成功モデルを自ら破壊することで、新しいルールや枠組みでもリーダーシップを勝ち取っている。
彼らがもともとの情報誌や出版という成功モデルに固執していたら、ネットにおける今のポジションは危うかっただろう。
最も危険なのは、今のモデルやビジネスを最良のものとして考えてしまうことなのではないか。職人的な感だけが頼りだったある領域は、コンピューターに置き換えられてしまうかもしれないし、それが最高のやり方、最良の手法だと思っていたものは、顧客にとっては、ただ高いだけの古い手法と捉えられてしまうかもしれない。
そこを乗り越えるのは「変化」を恐れないこと、今までの自分たちを否定してでもその「変化」に挑んでいく心持ちなのではないだろうか。
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