小商いにビジネスの本質が見えてくる〜「小商いのはじめかた:身の丈にあった小さな商いを自分ではじめるための本」
以前いたIT業界では、「スケールする」みたいな変な言葉がよく囁かれていた。「そのビジネスはスケールするのか?」とか、「スケールできるビジネスじゃないと意味ない」とか。スケールするとは、要はものすごいスピードで規模を拡大できる可能性があり、また、その規模の拡大に柔軟に対応していけるようなビジネスの仕組みであることを意味している。
そしてこの業界では、スケールできるビジネスが至高とされる風潮がすごく強かった。
例えば、web制作業務などは、
労動集約型のビジネスモデルなので、「スケールできない/難しい」。規模の拡大にはそのまま人数を増やしていく必要があるので、効率が悪い。人がボトルネックになるので、スケールするのは非常に難しいし、あまり効率も良くない。
ITビジネスは、世界を相手にできるビジネスなのだから、スケールできないモデルは魅力的とは言い難いわけだ。
同じような考えから、「グローバル」という言葉も出てくる。日本だけの市場ではなく、全世界を相手にした方が当然、ビジネス規模は大きくなるし、規模の拡大余地も大きい。
起業家は、壮大な目標を掲げる方が素晴らしく、価値がある。こそこそ小さい規模でやるのは格好悪い。失敗しても成功しても、とにかく大きい目標を向かってチャレンジすることが美徳。
そんな倫理観が支配的だったりする業界。といっても、そんな世界や考え方は、全世界から見たら本当にごくごく僅かな意見にすぎないのだけれど、こっちの業界ではあまりにもそういう話が当たり前すぎて、それがどんな世界、どんな業界でも当てはまってるような錯覚に陥ってしまう。
この本で取り上げられている事例は、そんな規模やビジネス概念とはかけ離れたものばかり。「スケールするかどうか」や「グローバル」とも遠く離れて、自分のしたいこと、自分が出来ることをベースに無理せずに、自分のペースで「商い」を営んでいる人たちだ。
そう、「商い」という言葉がまさにフィットする。人と人との出会いわ交流、協力、触れ合い、そういった関係から自然に生まれてきた商売の事例が数多く取り上げられている。
「スケールとグローバル」の世界で生きる人たちが駄目というわけではない。僕もそういう世界に少しの憧れもある。
でも、「小商い」の世界もこれはこれでものすごく魅力的だ。僕が惹かれるのは、むしろ「小商い」の方かもしれない。
本書では、「自分がほしいものをおすそわけ」「ものづくりを進化させる」「遊び心が仕事を生む」「既存のモノに価値を見出す」「地域のなかに役割を見つける」
という5つのテーマに分けて、「小商い」を実践している人々の姿がドキュメントされてる。
ここで紹介された事例は、これから同じような「小商い」をやっていきたいなと考えている人にとって参考になるだけでなく、普通の企業のビジネスにおいても参考になるところ、考えさせられるところが沢山あると思う。「スケール」とか「グローバル」とかって言葉に躍らされる前に、ビジネスの本質みたいなものに目を向けるべきではないか。本書の事例にはまさにビジネスの本質が詰まっている。
旅する本屋 放浪書房は、その名の通り放浪しながら、旅の先々で旅行に関する書籍を売り歩く。その商いを続けているうちに、自身が商品を販売するために自作した小商い用の屋台「コアキーテ」の販売も始める。
あるビジネスを続けていくなかで、自分のため、自社のために生み出したものが、そのまま商品になるというのは、ビジネスの拡張としては実に自然だし、無理ない理想のカタチた。この本には他にもこういった無理のない自然なカタチでのビジネスの拡張を行っていく人々の事例が紹介されてる。それは、株主からの要請や、よくわからない目標に駆り立てられて無理矢理にビジネスを作り出す、人脈構築に奔走する姿とはほぼ遠く、読んでいても気持ちがいい。
移動式ケーキ販売の立道嶺央(たちみちれお)さんは、カーゴバイクと呼ばれる三輪自転車に乗って鎌倉市内の路上でケーキを販売を行っている。自然とその地域に溶け込み、その地域の人たちに愛され、その地域の一つの名物になっている。地元だからこそ、街の特徴もつかみやすく、販売場所や時間の選定にも手間がかからなかった、と言う。
「生まれ育った街で仕事を始めたい。どうせなら、街をもっと面白くする何かを」そんな動機から「小商い」が始まっている。
でも、よく考えたら、これなんかもランチェスター戦略での要であるエリア戦略、ナンバーワンのエリアを作ることや、エリアを広げず集中して攻略していくこと、みたいな王道の戦略だったりする。
もちろん立道さんには戦略的にエリアを攻略してみたいな発想はないだろう。そもそも「攻略」とか「戦略」とか「ターゲット」みたいに物騒な言葉は、「小商い」には向かない。まず好きな地域で面白いことがしたい、その地域の人々に受け入れられたい、そういう思いや志が先立つ。
ビジネス上、エリア戦略は極めて重要だけれども、エリア戦略を考えていく上でも、そもそも自分たちはそのエリア・地域にとってどんな存在でありたいのかということをしっかり考えることは絶対に忘れてはならないことなんじゃないだろうか。それがエリア戦略の本質なんじゃなかろうか。
壺やきいも屋「やきいも日和」は、今は廃れてしまった「壺焼き」のやきいもを現代に甦らせる。ただ、やきいもを販売するだけでなく、「やきいも学」というワークショップを開催し、やきいもの歴史からさつまいもの栽培から収穫までの方法など、やきいもにまつわる一通りをレクチャーする講座を開いている。
これもやきいものをやり始めたら本人がハマってしまい、色々なことを学んでいくうちにそれが自然に学問になっていってる。
ビジネスではコミュニティー作りとか、セミナーや講座を通じて知恵を売りつつ、最終的に商品の購入に結びつけるみたいな方法も「手法」としてはよくある。でも重要なことは、やってる本人がその分野に真剣に取り組んでるのか、本当にその分野が好きなのか、そこなのではないかと思う。
本書で紹介されている人々はまず楽しそうだ。それはすごく伝わってくる。もちろん、小商いといっても、生きていくためのお金を嫁ぐってのはそんなに簡単なことじゃないだろう。実際には紹介できないような苦労もあるに違いない。
こういう人々を批判的に捉える人もいるだろう。そんなビジネスで歳とってやっていけるの?とか、いつまでも続けられないよとか、そりゃそうかもしれない。
でもそんなこと言えばどんなビジネスだってそうだし、大企業だから安心って訳でもない。
この人たちがいつまでこういうスタイルを貫けるかはわからない。でも、少なくとも今、この時点では彼らはうまくやっている。うまくやっているというのは儲けているとかって意味ではなく、背伸びしすぎず、急ぎ過ぎず、自分のペースで生きていくことができるようなスタイルを成立させているという意味でだ。
でも、それはすごく重要なことだと思う。少しでもそのような時間、そのようなコミュニティーを作り出せてるということだけでも、それは価値あることなんじゃないか。
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