スティーブ・ジョブズが愛した音楽/ビートルズ
「ジョブズが愛した音楽」(2)
ディランと同じぐらいに愛していたのがビートルズだ。ビートルズとストーンズならば、迷いなくビートルズを選べるけど、ビートルズとディランだとどちらかを選ぶのは難しいと、ジョブズは語っている。ジョブズにとって、ビートルズは、ディランと同じく唯一無二の存在だ。ジョブズがなくなる前に、iTunesでのビートルズの取り扱いができるようになったのは、本当に良かったと思う。ボクは正直、ビートルズはデジタル音楽配信をしないか、したとしても自分たち自身で行うのではないかと思っていた。ジョブズがいなければおそらくEMIとの交渉もまとまっていなかったろう。
■ストロベリー・フィールズ・フォーエバー
プロモーションビデオの先駆けになったなどとも言われてるけど、諸説は色々あるのでそこにはあえて踏み込まない。
しかし、何度聽いても飽きない素晴らしい曲だ。
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の修正を繰り返す10あまりのセッションをテープに録音した海賊版は、ジョブズの哲学である「完璧な製品の作り方」のもとになった、と言われてる。
ジョブズはこのように語っている。
これは複雑な歌で、何ヶ月も行ったり来たりしながら完成させてゆくクリエイティブなプロセスには本当に心を打たれるよ。
(略)
曲を考え、書くことはできなくとも、このくらいの演奏ならできる。でも、彼らはここで止まらない。みんな完璧主義者で、とにかく何度も何度もやり直すんだ。このことに、僕は30代で強い印象を受けた。彼らがどれほど真剣に取り組んだのかがわかってね。
録音と録音のあいだにも、さまざまな作業がおこなわれている。何度でも繰り返し、少しづつ完璧なものにしていったんだ。(3回目の録音について、演奏が複雑になっているとジョブズは指摘した)。 アップルでの物作りも、同じような方法を取ることが多い。新しいノートブックやiPodを作るときのモデルの数だってそうだ。たたき台を作ったあと、それを改良して改良して、デザインやボタンや機能など、細かなモデルを作るんだ。大変な作業ではあるけど、繰り返すうちにだんだんと良くなり、最後は、こんなのいったいどうやったんだ!? ネジはどこ行った!?って具合になるんだ。
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のレコーディング風景は、まさにジョブズの物作りの姿勢に似ているように思える。ビートルズのレコーディングエンジニアのジェフ・エメリックの「ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 」には、その時の模様が記されている。これが本当にジョブズ/アップルまんまなので読み返してて吹き出してしまった。
この曲をジョンが持ってきた日、ビートルズのメンバーはひとまずバッキング・トラックを録るってみることにする。この日は8時間程度スタジオで過ごすも、けっきょくは使われず仕舞いに終わったテイクがひとつ生まれただけで終わる。
数日後のレコーデイングで、ポールが曲の冒頭を飾るメロトロンのフレーズを考えだす。「この一曲のレコーディングのために、トータルで三度の長いセッションが費やされ、当時としてはえらく時間がかかったように感じられたものだ」。
しかし、ジョンはそのレコーディングについてまだ何が良いのかわからない状態で決めきれていなかったようだ。その後、数日、ジョンは何度もアセテート盤を聴き続け、「わからない。ただもっとヘヴィにしなきゃ駄目だ」と結論付ける。
このジョンの「もっとヘヴィに」というものを形にしようと、ポールはオーケストラ楽器用のスコアをつけたりと苦心する。チェロやトランペットを重ねたりと、リメイクに30時間以上を費やしたと、著者は語っている。
ぼくらは完璧を目指していた─99パーセントOKならそれでいいという話ではない。全員が、100パーセントOKできるものでなければならなかった。だからこそ、のちに「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」と命名されるアルバムの収録曲は、いずれも的確でキズひとつない仕上がりを示しているのだ。
リメイクはつまみ弾きしたピアノの弦、逆回転のシンバル、ジョージ・ハリスンのソードマンデル(オートハープに似たインド楽器)など、種々のエキゾチックな楽器で飾り立てられて完成し、全員の満足がいくようにミックスされた。だが、この期におよんでもまだ、もうひとつサブライズが待っていた。
「『ストロベリー・フィールズ』のアセテートを何度も聞き返してみたんだけど」数日後にジョンが切り出した。「やっぱり最初の部分はオリジナルのほうがいいと思うんだ」
(略)
「そこでわれらがジェフリー青年に、このふたつをつなげてほしいんだ」
ジョージ・マーティンは大きくため息をついた。
「ジョン、喜んでやらせてもらうよ」彼はたっぷり皮肉をこめていった。「ただしひとつ問題があってね、あのふたつのヴァージョンは、キーもテンポも違っているんだ」
ジョンはまるっきり平気だった。もしかしたらなにが問題なのかもわかっていなかったのかもしれない。
「あんたならできるさ」彼はそういい残してぼくらに背を向け、ドアから出ていった。
完成直前、ほとんどの皆がもうこれで十分だろうと満足しているのにどうしても納得のいかないジョン。そして、デジタルシーケンサーもないこの時代に、キーもテンポも違う2つの曲をつなげてくれと、無茶な要求をし、「あんたならできるさ」で済ませてしまう、この強引さ。名前を変えたら、スティーブ・ジョブズのエピソードとしてもそのまま通用しそうだ。