佐内さんの「MAP」を手にいれた。
ずっと欲しい欲しいと手に入れることを恋い焦がれていた佐内正史さんの伝説の写真集「MAP」をついに手に入れた。
「MAP」は佐内さんが限定1000部で自費出版し、一般書店などの流通を通さず、ネット通販や企画展、中村一義のツアー会場などでしか販売しなかった幻の写真集だ。これだけなら一昨年佐内さんが立ち上げた「対照」レーベルから発売された写真集でも同じなのだが、「MAP」が特に貴重というか価値が高いのは、2002年第28回の木村伊兵衛賞を受賞を受賞作品というところにもある。それがこの写真集の価値をより一層高め、また神秘的なものとしていることは間違いない。
言ってみれば、一般文芸誌にも発表せず、どこの出版社も通さず、自費出版で発売した小説が芥川賞を受賞したようなものか。(芥川賞の仕組み上、そんなことはありえないけれど)」
普通なら、最初は自費出版、部数限定で発売していても、何かしら権威のある賞でもとったら、商売っけもっでてくるだろうし、一般流通に乗せて販売しようってなりそうなものだが、佐内さんはまったく意に介さずという感じか。まったく再販される気配もない。
という状況もあって、現在「MAP」は手に入れることは相当困難な写真集となっている。そもそもその1000部を持っている人もなかなか手放してくれない。ただの興味本位ではなかなかこの手の写真集は買わないし、そうなると持ってる人の大部分が佐内ファンであったり、写真集のコレクターなわけで、そういう人たちがそうそう手放すとは考えにくい。
ネットで探しているとたまに見かけるが、たいていすぐに売り切れてしまうし、非常に高額だ。
オークションでもあまり出てこないのだが、こないだ久々に出品されていて、これはなんとしてでも落とさねばと相当な覚悟で入札に望んだ。入札終了日時が平日の、もろに仕事中の時間にぶつかっていてもっとも重要な最後の10分、15分にオークションに参加できそうもない。これはあらかじめ自分が払える限界ぐらいまでビッドしておいたほうが良いだろうと、早々とその当初つけていた値段からは随分と高い値段を入れておいた。
オークション終了のタイミングに僕はちょうど大阪でお客さんと打ち合わせをしていた。打ち合わせがほぼ終わり、挨拶などを交わしているときに携帯にメールが届いていた。お客さんと別れてビルを出て携帯を確認すると、オークション終了直前のアラートと最高入札額が更新されたというメールだった。
がーん。あの金額でも上回ってしまうんかいと、かなりショックだったけど、どうしても手に入れたいとすぐ気を取り直した。
次の打ち合わせの時間も実はギリギリで、すぐに電車に乗って、そっちに向かわなければならない。駅までの徒歩中に、僕は最後のチャンスと再度、最高入札額を上回る額を携帯から入れた。地下鉄に乗ってしまえば、もう入札はできなくなるだろうし、時間的に考えても、ここで自身の入札額を上回られたらもう無理だろうなと思いつつ、ここまでいったら1冊の写真集にかける値段としてはアホではないかと言われそうな額を入れておいた。内心、そこまでいきませんようにと祈りながら。
電車から降りて、目的の駅の階段をあがっていくところで、「あながた落札しました」というメールが届いた。最終の入札額も最後に入れたところよりは随分低いところで成立していてすこし胸をなでおろした。
ずっと欲しいと思ってたい写真集ということもあるし、オークションで競り勝ったという状況もあって感慨一入といったところだ。写真集の内容云々だけではなく、ミーハーなのだがレアものを手にしているという喜びもやはり大きい。そういう気持ちや気分が写真集を見る目にも反映されてしまうだろうから、普通の人より随分贔屓目に、色眼鏡で写真集を見てしまいそうな気もする。
ということをある程度加味しても、やっぱり良い写真集だと思う。木村伊兵衛賞をとっているとっていないに拘らず。
「対照」の第一作目の「浮浪」という写真集(これも1000部限定)も、すごく好きな写真集で、佐内さんの写真集の中では「生きている」「鉄火」と並んで個人的なベスト3なのだが、「MAP」は、そのベスト3の一角に食い込んできそうなぐらいに好きかもしれない。
佐内さんの写真については別のエントリーでもうちょいきちんと書いてみたいなと思うのだけれど、やはり説明が難しい。カメラの性能の発達によって、誰もが佐内さんっぽい写真は撮れし、むしろ技術面にクローズアップしてみれば、「巧い」素人はいくらでもいる。でも、アーチストとしての佐内さんが作る写真、写真集と素人のそれとは全然違うものだ。そのことについて考えているのだけれど、きちんと言葉にして説明することがなかなか出来ない。
佐内さんの写真は、一見誰もが撮れそうで、誰もが簡単に近づけそうだと思わせる緩さみたいなものがあるのだが、例えば、
「生きている」のあの奇跡的な美しさ、見開きで左右に置かれた写真の対比が生み出す詩情は、素人が真似しようしても簡単にできるものではない。近づけたと思いきや、実は全然違うレンジにいて、比較になってなかったという感じだろうか。