奥泉光「シューマンの指」

4062163446 「シューマンの指 (100周年書き下ろし) 」─ 奥泉さんはお気に入りの作家の一人だ。彼の書くものは、ある時期まではほぼ全て制覇していたのだが、ここ最近の何作かは手を出せずにいた。本作はボクにとっては久々に手にする奥泉作品だったが、やっぱりというか当然というか面白かった。

本作も奥泉さんお得意のミステリー仕立てだ。大きな謎が提示され、その謎を巡って物語は進んでいく。
30年前に指に致命的な怪我を負った天才ピアニスト永嶺修人。そんな彼がピアノを演奏する様を目撃したという旧友からの手紙から物語は始まる。切断されてしまった指が蘇生する? ただ繋がるだけでなく、ピアニストとしての繊細で機敏なタッチを実現する指として蘇生する、そんなことは現代科学ではどう考えても不可能だ。なんという魅力的な謎だろう。こんな魅力的な謎がいきなり提示されて物語は始まる。面白くないわけがない。

しかし、物語は、30年前の記憶を紐解き辿りつつ、その大部分はシューマンの楽曲の解説と解釈、そして批評によって占められる。クラシックを聴かない人や、そもそもシューマンを知らない人にとっては、ややもすると退屈に陥ってしまいそうなぐらいに過剰にシューマンとその楽曲にスポットが当たり、専門的な用語も相当に散りばめられながら物語は進んでいく。しかし、提示される楽曲は、各回想シーンや重要な場面と密接に関係を持つのは当たり前のことだが、シューマンの人生とこの物語もまたシンクロしているのだ。それは物語の驚くべき結末に示されている。
この手のミステリーのどんでん返しのパターンはもう慣れっこになってて、正直、本作でも帯に踊るような「未体験の衝撃と恍惚」というほどのものではないかとは思う。ただ、世の中に多数出回る、ただただ何回ものどんでん返しそのものを目的として書かれる小説とは違い、物語全体を通奏低音として鳴り響いていたシューマンのモチーフと、物語の結末がきちんと整合性がとれて着地しているというところでは流石だ。

ボクは奥泉作品の中では、「鳥類学者のファンタジア」や「モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活」(奥泉光「モーダルな事象」 – papativa.jp)など、どちらかというと、シニカルな笑いと諧謔、独自のテンポとスピード感でぐいぐい引っ張っていくタイプの小説が好きなのだが、本作はこういったタイプの小説とはまた趣が異なる。笑いや諧謔的な要素は本作には殆ど見られない。疾走感や独自のテンポがあるわけでもない。それでも本作は面白い。読み始めると最後まで読みたくなってしまう。ただ、一連の奥泉作品に較べると、本作はいささかスケールが小さいというか、小さく巧くまとまった作品という印象は否めなかった。題材が題材だからかもしれないが、せっかくのシューマンなのだからもっと大きい物語や仕掛けがあっても良かったのではないかなとも思う。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク

コメント

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by shoichiro kimura and モリノユージン™ / 森野憂人, #1 DNN. #1 DNN said:  奥泉光「シューマンの指」:  「シューマンの指 (100周年書き下ろし) 」─... http://bit.ly/eQztGN #dncreco #dncaster [...]

  2. シューマン愛...

    小説「シューマンの指」を読みました。 著者は 奥泉 光  シューマンという題名からもわかるように 音楽がテーマとなったミステリー 前半はシューマン論が語られていき まさに音楽蘊蓄 後半 殺人、ミステリー色になっていきました とはいえ、比重はシューマン 著者の......

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です